求道者たち vol.39
人形造花 2022/3/5

やがて主役となる、造花をつくる。

創業100年を迎える、造花師の工房「岡半」。

 造花師という言葉を、耳にしたことがあるでしょうか。雛人形の両脇に華を添える桜や橘(たちばな)。お祭りの際に民家の軒先に飾られる「軒花(のきばな)」。ガラスのケースに入った日本人形が手にしている、藤の花。造花師は、このような暮らしの中で目にする造花を専門につくる職人です。埼玉県にある造花師の工房「岡半(おかはん)」は、造花の中でも人形にまつわる造花を作る工房です。浅草で初代が創業したのが大正11年(1922)。今年、創業100年を迎える岡半を桃の節句を控えた2月に訪れ、三代目の現当主・岡田雄二さんにお話を伺いました。

岡田雄二(おかだ・ゆうじ)
大正11年(1922)創業の人形造花師の工房、岡半の三代目は、造花そのものが主役となる新たな商品制作にも意欲的に取り組んでいる。

取材でおじゃました2月は、桃の節句用の造花づくりの最終局面。傍らでは端午の節句用の菖蒲の製作も進んでいた。
有限会社 岡半
〒336-0936 埼玉県さいたま市緑区太田窪3-2-8 TEL 048(882)8294
http://www7a.biglobe.ne.jp/~okahan/

生き生きとした姿を、気の遠くなる工程でつくりだす。

 人形に添えられる造花は、言ってみれば脇役。普段はなかなか、じっくり観察することがないものです。しかし、工房で造花を改めて見てみると、花びら、つぼみ、緑色の新芽、歳月を感じさせるごつごつした幹肌、自然の樹木のような生き生きとした枝振りと、細部にわたって手の込んだ仕事が積み重ねられていることがわかります。花びら、花芯、がく、つぼみ、葉、出来上がった花を挿す土台に垣間見える土や苔まで、ほとんどを工房のなかでつくるのだそうです。工房では、幹に染料で色をつけたおがくずをを塗り、幹肌に表情を与える作業が進んでいましたが、こうした材料も工房のなかで工夫しながらつくります。一つの造花をつくるのに必要な工程数は、多いもので百近く。気の遠くなるような工程のほんの一部を、見せていただきました。

おがくずに染料で色をつけたものを筆にとり、歳月を重ねた幹肌のごつごつした様を表現していく。

一年先の出荷数を見極めつつ、材料の準備を重ねる。

 まず見せていただいたのは、造花の葉などになる緑色の材料。布に和紙を貼り合わせて硬さを出したもので、緑の色はつくる造花に合わせて工房で染めています。同じように花びら、がく、つぼみなど、さまざまなパーツごとに染め分けた材料を用意します。雛人形の場合は毎年6月頃に翌年用のデザインのお披露目があるそうですが、どの商品がどのくらい販売されるかを見極めながら、造花の材料の準備も進めていきます。節句人形には出荷のピークがありますが、たくさんのパーツからなる造花をデザインごとに数百という単位で納めていくためには、ほぼ一年を通して何かしら材料の準備をしているそうです。

工房には一年を通して準備されていく材料、パートさんが組み上げたパーツなどが大小さまざまな箱に保管されている。パーツがすべて揃ったところで、桜や橘などの姿に組み上げていく。写真の黄色の粒は、橘の実、つまり蜜柑。黄色く染めた丸い布に綿を入れ、蜜柑のへその部分は糸で引いて凹ませてつくる。

何百枚もの花びらや葉を、効率よくつくるための道具。

 次に案内された工房の奥にあったのは岡田さんが「うちで唯一の動力」と言う、プレス機と花びらや葉の形をした抜き型。「数が必要なので、これで5000枚とか花びらを抜くわけです」。抜き型は金型をつくる工房に発注したオリジナルで、初代が作らせたものもまだ大切に保管されています。先端が鋭利な歯になっていますが、時々、研ぎに出すなどのメンテナンスも必要だそうです。

「唯一の動力」プレス機の前で、抜き型を手に工程を説明する岡田さん。

桜の花びらの抜き型で、試しに紙を抜いていただいた。
さまざまなパーツごとに作られた抜き型。プレス機に取り付けるタイプの他に、手に持ち木槌を振り下ろして抜くタイプの抜き型もある。

一枚の花びらにコテを15回当て、リアリティを表現。

 本物の花を見ると、花びらがふんわりとカーブしていたり、すっと一筋の線が入っていたりします。もちろん葉にも、葉脈と呼ばれる線が入っています。抜き型で抜いた花びらや葉のパーツは、今度は筋をつけるための金型や、コテを使った手作業で筋をつけていきます。金型を使うと一度に多数の作業ができるのですが、プレスすることで発生する熱で、布と和紙を貼り合わせる際に使った糊が染み出し花びらが互いにくっついてしまう現象が起きます。そこで、コテを使った手作業で筋をつけていくことになるのだそうです。

花びらや葉に筋やカーブをつける金型。この金型を作れる職人は、もう居ない。
コテを使った筋つけ。写真は椿の花びらだが、花びら一枚に15回、コテを当てて筋とカープをつけていく。

独特な形状の松葉の素材は、緑に染めたレーヨン糸。

 最後に見せていただいたのは、主役になる造花として岡半が取り組む「盆栽造花」の中から、「松」をつくる工程です。丸く膨らんだ松葉は、レーヨン糸でできています。緑に染めた糸束を、緑に染めた木綿の糸で針金に括った段階では糸は真っ直ぐです。この束の根元に熱したコテを数回あてると、不思議なことに松葉が丸く膨らんでいきます。

レーヨン糸を緑に染める。染めたレーヨン糸を緑に染めた木綿糸で括る。糸が長いと大きな松葉、短いと小さな松葉になる。

熱したコテを数回あてると丸い松葉の形になる。

高砂人形の松が、岡半オリジナルの松の盆栽に。

 見せていただいた松葉の作り方は、昔からあった技術だそうです。長寿と夫婦円満を願う「高砂(たかさご)人形」は、かつて人生の節目のお祝いに贈る風習がありました。白髪の夫婦人形の後ろには、常緑で縁起の良い松の造花が添えられていて、その松の作り方を、盆栽の街である埼玉に工房を構える岡半が盆栽造花の松に応用したということです。
 岡半の盆栽造花は、松、桜、紅葉がありますが、いずれも商品を目の前にしても造花であることに気づかない人がいるほど、本物のような雰囲気が漂います。「散歩をしていても、枝のつきかた花のつきかたをよく観察しますし、盆栽展などにも足を運んで研究しましたよ」。研究され、細やかな手作業の積み重ねで作られた岡半の盆栽造花は、仕事机の上や窓辺に飾った時に造花であることを忘れるほどの安らぎをくれます。
 長く人形の脇役として控えめに華を添えていた造花が、主役に。百年を迎えた岡半が、新たな造花の世界をの扉を開いています。

盆栽小鉢「松四寸」