求道者たち vol.27
江戸扇子 2015/3/2

ひとりの人間として迎えた節目。
そして新しい江戸扇子の扉を開く。

粋で洒脱が身上。
江戸扇子を作る女性職人

江戸扇子職人・深津佳子(ふかつ よしこ)/名工と謳われた実父・深津鉱三氏に弟子入りし江戸扇子職人となる。粋を身上とする江戸扇子の伝統を守りながらも、新しい表現を模索中。「雲錦堂 深津扇子店」5代目。東京都伝統工芸技術保存連合会、荒川地区会員。荒川区無形文化財保持者

 江戸好みと京好み。同じ日本の工芸品でも、東西文化の違いが色濃く表れるものがあります。江戸扇子も、その一つ。京扇子が雅な華やかさを持つのに対して、江戸扇子は粋で洒脱。江戸っ子の遊び心や茶目っ気が垣間見られる、潔いデザインが特長です。京扇子と江戸扇子のもう一つの違いは、その作り方にあります。扇子の産地である京扇子が分業制を取るのに対して、江戸扇子はすべての工程を職人ひとりでこなします。30ほどの工程をひとりでこなすということは、それだけ熟達に時間がかかるということ。職人の数も決して多くはなく、現在は数人を数えるだけ。今回は、そんな厳しい環境のなかで伝統のワザを守り続ける女性扇子職人、深津佳子さんにお話しをうかがいました。

毘沙門格子の江戸扇子。いかにも粋、という扇面。文様の色、扇骨の材で雰囲気が変わる。左の扇骨は煮黒。右の扇骨は白竹

劇団新感線にジャニーズ!?
価値観を壊し変化を起こす

 深津さんのご自宅兼工房は、匠のワザが息づく東京の下町・荒川区にあります。扇子を見せていただきながら伝わってきたのは、深津さんご自身がいま大きな転機にさしかかっているということ。
「昨年の七月に母を送って、そのあと仕事が手に付かなくなっちゃってね」。長い間、ご両親を介護しながら江戸扇子を作り続けてきた生活に、一つの区切りがついたのが2014年の夏のこと。何も考えられない日々を過ぎ、これから先どう進んでいくのか、ようやく模索し始めたのが2015年の年明けにかけてなのだそうです。
「がちがちに固まっていた価値観を壊したい。壊してからでないと次に行けないタイプなので」。そういう深津さんの口から飛び出してくるのは、“劇団新感線”や“ジャニーズ”の芝居の話。伝統工芸の職人さんのイメージから遠く、意外性を感じますが、次の言葉を聞くと「なるほど」と納得がいきます。
「これまでは芝居と言えば歌舞伎、文楽、観ても新派とか。劇団新感線は『これもお芝居なの?』と思ったけど、途中から『評論はいいや。楽しいところを見つければ』『こういう価値観もありなんだ』」、と変化が起こったのだそう。「いい刺激になりました。ものの見方は一つじゃなくていいんだと」と深津さんは笑います。

手に持つのは柿渋の描き扇子。狸の絵は、日本画家・池上隆三氏のもの。池上氏は、深津さんの叔父にあたる
猫が描かれた扇面。深津さんの知人のイラストレーターの絵だが、粋な江戸扇子に仕上がりそう

花一輪が描かれた扇面。これも深津さんのご友人の絵。現代的な絵だが、洒脱さが江戸扇子に仕上がった時に映えるのは想像に難くない

名工である実父へ、
遅い弟子入りをした日

 深津さんのお父様・深津鉱三氏は、皇室方の朝見の儀に使用される儀礼扇や、歌舞伎役者の舞扇など難易度の高い仕事も手がけた名工。その鉱三氏に深津さんが弟子入りしたのは29歳のことです。職人としては遅いスタートでしたが、名工の腕を持つ父、そして叔父にあたる日本画家・池上隆三氏に小さな頃から接するなかで、その素養を育んできました。ご両親がお元気な頃は、三人で江戸扇子を作っていたそう。たとえば「つけ」という蛇腹に畳んだ扇面に開けた穴に扇骨を差し込んで接着していく工程では、お母様が扇骨に糊をつけ、深津さんが扇骨を穴に差し込み、お父様がそれを馴染ませるために叩く、という流れ作業で行っていたのだそうです。
「もたもたしていると、父の作業が止まっちゃったりしてね」と昨日のことのように深津さんは語ります。深津さんのお話の中には、時折、師であるお父様の言葉が出てきます。聞いていると、尊敬するお父様が亡くなった今も、深津さんは心の中で対話しながら江戸扇子を作り続けているのではないか、という気がしてきます。

写真の一番上が、三枚の紙を合わせた平らな扇面。この三枚あわせの真ん中(一枚半のところ)に口をあけ、折り目の付いた型で表裏を挟み折った状態が写真の真ん中の状態。その後、扇骨を差すためり穴を開け、扇骨を差し込み接着するなどの工程を経て完成形となる
扇骨に糊をつける
扇骨を差し込む

叩いて馴染ませる

職人として30年。
変わったことと、変わらないこと

 江戸扇子の世界に弟子入りして30年の時が過ぎ、ともに扇子を作ってきた父母を見送る。深津さんは職人としても、ひとりの人間としても、いま大きな節目を迎えています。自らに刺激を入れ価値観を壊し、たった一人で新しいものを生み出すのは大変苦しい作業のように見えます。それでも深津さんは「江戸扇子は一人で作るから大変だけど、それが面白いところでもある」と言います。
古典的な江戸文様の持ち扇、池上氏の描き扇、お友達が扇面にイラストを描いたもの。深津さんに見せていただいた江戸扇子を机いっぱいに並べてみると、“江戸好み”ならぬ“深津好み”が見えてきます。粋で洒脱。それだけではない、深津さんの女性らしい優しいお人柄が見えてきます。
この先、深津さんの手から新しい江戸扇子が生まれてくるのは、とても楽しみなこと。ただ、そこにはやはり深津さんのお人柄がにじみ出ているはず。だからこそ、人は手作りのものに心惹かれるのかもしれない。そう改めて感じた取材でした。

“江戸好み”であり、“深津好み”。そんな印象を深くした、深津さんの江戸扇子。深津さんの江戸扇子はインターネットサイトでも購入できる。

ギャラリーニッポンのワザ
http://www.gallerynipponnowaza.com/
あらかわショッピングモール
http://www.tokyo-arakawa.com
2015年3月2日(月)15時~
パークホテル東京のArt Shop 「掌」にて深津さんの江戸扇子の展示販売がスタート

手に持った時の充実感は、
これだけの工程があるから

 江戸扇子の工程の一部を見せていただきました。一つ一つの工程をまじめに丁寧に行うことで、折り目正しい江戸扇子ができあがります。閉じたときに小気味好いパチンという音がするのは、これだけの丁寧な作業があってのことなのです。

【平口開け-1】 三枚あわせの地紙の一枚半のところに、へらで口を開けていく
【平口開け-2】 真ん中に口が開いている。まさに神業
【折り-1】 文様の絵の具や箔が移らないよう紙を掛けた地紙を、湿らした晒に包み地紙が折りやすい環境に整える
【折り-2】 折り目のついた型(柿渋)で地紙の表裏を挟み、折り目をつけていく
【折り-3】 折り目のついた地紙
【中差し】 平口から差し竹をさして骨を通す穴を開ける
【端切り】 余分な部分を切り落とす
【接込み-1】 折った地紙を叩いて落ち着かせる
【接込み-2】 「接込み板(せっこみばん)」に挟んで、さらに落ち着かせる。目安は1週間
【接込み-3】 接込み板から取り出しても、きちんと形をキープしている
【吹き-1】 骨を通す穴に息を吹き込んで、穴を広げる
【吹き-2】 「吹き」により広がった穴
【中づけ-1】 扇骨の先に香をつける
【中づけ-2】 扇骨に糊をつける
【中づけ-3】 扇骨を地紙に差し込む
【荒打ち】 拍子木で折地を叩いて整える
【矯め-1】 電熱器で親骨をあたためる
【矯め-2】 親骨の先を内側に矯める
【矯め-3】 挟んで安定させる

これだけの道具を使って、一つ一つ手作りされる