ワザNOW vol.6
すみだモダン 2012/8/31

モノづくりの遺伝子が息づく
地域ブランド、『すみだモダン』の魅力

伝統のワザを現代に活かし
新しい魅力を創り出す

 前回の特集では、墨田区のモノづくりが体感できる、「小さな博物館」や「工房ショップ」をご紹介しました。今回も引き続き、墨田区の職人さんに密着します。今回ご紹介するのは新しいすみだのモノづくりの魅力を形にした『すみだモダン』の作り手である職人さんです。
『すみだモダン』は、「すみだ地域ブランド戦略」に基づいて認証された商品や飲食店メニューの総称。受け継がれてきた確かな技術、高い付加価値、そして作り手の思いやこだわりと開発ストーリー。そうした要素が創り上げた魅力的な逸品が、毎年審査を受けて認証されており、MADE IN SUMIDA のブランドとして、すみだのモノづくりのポテンシャルを大いにアピールしています。

 最初にご紹介するのは、「かざり工房しおざわ」の塩澤政子さんです。

「かざり工房しおざわ」の塩澤政子さん

塩澤さんは、お神輿の錺(かざり)金具や神仏具の錺金具を製作する職人さん。先代であるお父様の跡を継ぎ、この道に入りました。お父様である塩澤幹さんは、龍の打ち出し等を得意とする鏨(たがね/金属を加工するための鋼鉄製の頑丈な刃物)の匠で、深川、浅草を始め、東京・千葉・神奈川・埼玉・茨城などの地域で約500基の御輿の錺金具を手がけています。浅草の三社祭になくてはならないお神輿の錺金具も何基かはこちらの作品。まさにニッポンのハレの舞台を華やかにかざってきたワザと言えるでしょう

浅草・奥山風景『すみだ技人屋』で鏨のワザの実演を披露する塩澤さん。浅草を訪れた国内外の観光客の方が興味深そうに見学していました。

微妙に位置を動かしながら、精緻な模様を刻み込んでいく塩澤さん。熟練の職人ならではの手先の感覚で美しい作品を生み出していきます。

塩澤政子さんは高校卒業後、すぐに家業の手伝いを始めました。その間、鏨の技術を磨きつつ、お茶やお花などのお稽古事や、海外にも数多く出かけて、様々なことを学んだそうです。そうした中で、日本の文化のすばらしさを改めて認識するとともに、柔軟な発想を養いました。

今回ご紹介する、すみだモダンに認証されたふたつの商品は、錺金物で培われた伝統の技術をもっと身近に感じてもらいたいと考え、製作されたもの。確かな鏨のワザが生み出した現代感覚あふれる作品にご注目です。

最初にご紹介する塩澤さんの作品は、名刺入れ「鏨の息吹」。真鍮や銀の素材に、鏨(たがね)で繊細な模様を刻み込んだもの。使うほどに手になじみ、世代を超えて使い続けることができる逸品です。

隅田川にちなんだ、「波に千鳥」の紋を刻み込んだ名刺入れ「鏨の息吹」。これはその中の「波に千鳥」。真鍮製のものですが、他に銀製のものも。仕上げも様々で、鏨の跡が味わい深く浮かび上がります。他に北斎の図柄にあるとんぼをかたどった「北斎とんぼ」もあります。

お神輿の錺金具を彩った技術が、現代のモダンなステーショナリーに。使うほどに愛着が湧き、何世代にもわたって受け継いでいくことができるものに仕上がりました。

鏨(たがね)のワザを操り
和の世界をモダンに演出

 もともと錺金具のワザは奈良時代から様々な歴史的建築物や工芸品に使われてきました。各地の祭りを彩る御輿には2000個ものかざり金具がついています。そうして1000年以上にわたって培われてきた鏨(たがね)の技術を、もっともっと現代の人々にも身近に感じてほしい。そんな思いで塩澤さんが生み出したのが、前ページの名刺入れであり、次にご紹介するマグネット「日本お持ち帰り」です。

北斎の描いた富士、鳥獣戯画の蛙などが、鏨で刻まれたマグネット「日本お持ち帰り」。素材は錫で、銀古美仕上げ、真鍮古美仕上げ、金メッキ仕上げの3種類。


海外旅行に出かけたとき、その国ならではの、お土産を探すのが好きだという塩澤さん。東京スカイツリーができて、海外の人々がすみだを訪れる機会も増えるでしょう。そんな時、簡単に持ち運べて、海外どこでも使えるもので、日本伝統のすぐれたワザを知ってほしい、と考えたのが、このマグネットです。
鏨で見事に刻み込まれているのは、鳥獣戯画に描かれているコミカルな動きの動物たちや、すみだが生んだ世界的な浮世画家、葛飾北斎が描いたダイナミックな図柄。こちらも日本が世界に誇る和のモチーフです。もちろん私たちが使って、身近で和の洗練されたデザインを楽しむのもいいでしょう。

塩澤さんの工房を、少し見学させて頂きました。戦前に創業した塩澤製作所。そこには長年モノ作りを支えてきた道具の数々がありました。

作業台となっているのは大きな木の切り株。鏨の作業には、しっかりと安定した土台が必要。お父様の代から使われている、年季の入った作業台です。


とりわけ鏨の種類の多さには驚きます。その数、千数百種類。引き出しにぎっしりとしまわれています。これらは機械で作った鏨ではなく、手彫りで作られたこだわりの道具。いまではこの鏨を創る職人さんも少なくなってしまったとのことです。
刻む模様や大きさ、素材の種類によって、使い分けられる鏨の数々。

こちらも長年にわたり使われている道具である金槌や木槌。


従来、御輿や神仏具の錺金具の仕事は、受注してから製作に取りかかるもの。しかし、1600年もの歴史がある錺づくりの仕事を、次の時代に伝えたい、そのためには、継承してきた技術を活かして、新しいものを生み出し、現代の人に広く知ってほしい、と考え、様々なアイデアを鏨で形にしている塩澤さん。訪れた時、見せて頂いたのが、スマートフォンを置くスタンド。置いていないときは鏨の模様が美しいインテリアになるというものです。
製作途中のスマートフォンスタンドを見せて頂きました。


他にも素材に漆を塗るなど、さらに新しいことにもチャレンジしています。『鏨の息吹』『日本お持ち帰り』に続く、伝統のワザを現代に活かした作品が、もっともっと期待できそうです。

有限会社塩澤製作所
〒130-0011
東京都墨田区石原1-41-15
電話:03-3621-7983 FAX:03-6279-0373
ウェブサイト:http://tagane.jp

江戸指物の高い技術を
現代風の「おとも箱」に込めて。

 次にご紹介する『すみだモダン』は、「指物益田」の『おとも箱』。昔の印籠(薬を入れて携帯するもの)を現代風にアレンジしたもので、薬はもちろん、アクセサリーなどを入れて持ち歩け、お茶会やお稽古事など、和服を着るシーンにちょっとしたアクセントにもなるおしゃれなひと品です。

こちらも浅草・奥山風景『すみだ技人屋』で実演を披露する益田さん。指物を広く知ってもらおうと、様々な場所で積極的に実演をされています。


「“指物”ということばを若い人にも知って欲しくて、製作に挑戦しました」と語るのは「指物益田」の代表、益田大祐さん。現在、指物の仕事は8割が特注品。お茶やお華といったお稽古事や歌舞伎、料亭の関係の仕事がほとんどとのことです。それらは時に100万円以上する商品もあり、現代の指物は、なかなか一般の人にはなじみがないかもしれません。しかし江戸指物は、主に貴族の間で発展した京指物に対して、箪笥や机、棚、様々な箱物、菓子器など、武士や町人の日常の暮らしを彩ったもの。益田さんに作品を見せて頂くと、釘を使わず精巧に組み合わせたり、蓋と本体が気持ちよくスムーズにピタッとはまったりと、そこには職人のワザが息づいていました。

浅草・奥山風景「すみだ技人屋」で『おとも箱』の製作の様子を見せて頂きました。一見シンプルなデザインの『おとも箱』。素材であるケヤキ材やヒノキ材は、割れたりゆがんだりしないよう10年以上乾燥させたものを使用します。その角材をくりぬいて、さらに1ヶ月乾燥させたものを、鉋(かんな)や鑿(のみ)、小刀を使って全体の形や凹凸を作っていきます。

細い鑿を繊細なタッチで動かして、指先の感覚を頼りに木を削っていきます。

3段の小箱がピッタリと重なりました。

ひもを通し、トンボ玉で止めて完成です。


従来の江戸指物は、漆を塗ったり、木目を際立たせたりするのが特徴ですが、『おとも箱』は、あえて木目をすっきりさせ、若い女性にも持ちやすい工夫をしているそうです。
素材はケヤキ材かヒノキ材を選択可能。ひもとトンボ玉の色は数種類、用意されています。

家具デザイナーから
指物職人に。

 益田さんは元々、家具デザイナーを目指して働いていました。
「家具作りの現場では機械化が進んでいて、どんな家具をつくるかは、機械で作れるかどうかが重視されるようになってきていました。カンナを使える職人も60歳代以上と、だんだん少なくなってきていました。モノのデザインというのは、アタマの中や図面上だけではなく、実際に作りながら、手を動かしながら、形にしていく部分もあります。たとえば輪郭のエッジを出すか出さないかで印象は大きく変わります。実際に作る技術がある、道具が使えることで、デザインの幅が大きく広がると思っていましたから、機械による部分が多くなってきたことで、物足りなさを感じるようになってきました」と語る益田さん。北欧のデザインを学ぼうかな、とも思っていたときに、たまたまイベントの展示会で出会ったのが江戸指物だったそうです。

修業時代について語る益田さん。江戸指物に対する情熱がとても感じられました。


「“どうやってるんだろう”ととても興味を持ちました。職人のワザというのは、自分の考えを形にする“言葉”だと思っていましたから、その言葉を学びたいと思いました」
益田さんはすぐに浅草の職人さんに弟子入り。約10年後、縁あって墨田区で指物職人として独立しました。
墨田区内にある「指物益田」の工房にて。

鑿(ノミ)や鉋(カンナ)、鋸(ノコギリ)などの道具がいっぱい。大小様々なサイズがあって、作る製品によって使い分けられています。


「昔の指物師は分野別に分かれていました。箪笥をつくる人、茶道具をつくる人、仏具をつくる人など。いまは何でもできる職人でないと生き残れません。ですから、そうした技術をひととおり身につけていかなければならないのですが、それには10年以上の修行が必要。一緒に弟子入りした人の中でも、途中でやめていった人も多くいました。修行中は経済的にも厳しく、最初の頃は土日にバイトをしたり。そうした中、木工の技術を学ぶため、平日夜間の技術学校にもかよいました。本当に厳しかったのですが、そうした厳しさを楽しめるようでないと、職人にはなれないんじゃないですか」と笑う益田さん。しかし、先輩の職人さんにはいろいろと面倒みてもらったそう。
鉋にもいろいろなサイズが。最近では道具を作る職人さんも減ってきているそう。「鋸の目立ての職人さんも東京にはいなくなってしまいました」と益田さん。


「直接の親方や兄弟子はもちろんでが、職人のコミュニティにいると“そっちの若いモンにちょっとこれ頼んでもいいかな”などと、他の先輩職人さんからも声をかけてもらったりします。時には雑用を頼まれたりすることもあるのですが、修行中はお酒を飲む時にお金を払ったことはほとんどありません(笑)。職人というと、黙々と無口に仕事をしていればいい、というイメージがあるかもしれませんが、コミュニケーションは大切だな、と思いました。いろいろ勉強もさせてもらえますし、将来の仕事にもつながります。自分がどういう人間で、何ができるかを知っておいてもらう、ということはとても重要なんですね。」
現在は特注の仕事を手がけつつ、『おとも箱』の他にも様々な新しいことに挑戦している益田さん。
「墨田区の先輩職人の方々は皆さんとても気さくで、若い職人にも積極的にいろいろやらせてくれますので、のびのびとやらせてもらっています。たとえば子供向けの「ガラガラ」のおもちゃを、あるセレクトショップと共同で開発。指物の技術で製作しています。自然素材である木で作られていますので、安心ですし、中の小石が、ちょっと見ではどこから入れたのかわからないように精緻に作ります。現在これはヨーロッパでも販売しています」
伝統の指物の技術と、若手職人のアイデア、そして想いが込められた『おとも箱』。


伝統の指物の技術と、若手職人のアイデア、そして想いが込められた『おとも箱』。ぜひここから江戸指物の世界に触れてみてください。

指物益田
住 所:東京都墨田区立川4-6-5-1F
電話&FAX:03-6315-8546
Blog : http://sashimasu.exblog.jp/

その人だけの一膳を。
高度な手作業で作る「江戸木箸」

 毎日、何気なく使っているお箸。いま使っているお箸は、あなたの手に合っていますか?  墨田区の「江戸木箸 大黒屋」さんでは、その人の手に合った一膳を目指して、多種多彩なお箸を製作しています。その中でも「すみだモダン」に認証された「江戸木箸 五角・七角・八角 削り箸」は、持つ指の形状に合わせ、多角形につくられた箸です。

縞黒檀を使用した「江戸木箸 五角・七角・八角 削り箸」。

こちらは素材が鉄木のもの。右から五角・七角・八角。職人の手先の感覚で、七角形も自然に美しく仕上がっています。


従来、木のお箸というと断面が丸や四角のものがほとんど。しかし、箸を支える指に合わせて箸も奇数角がいいと、三角、五角、七角など、角の数を増やしていったそうです。角を削り出すのはすべて手作業。実際にはない七角形などは、全くの職人のカンで削りだしていきます。

大黒屋さんの工房ショップ(詳しくは前回の編集記事・ワザ紀行vol.5もご覧ください)には、そうした多角形のものをはじめ、素材も、長さも、太さも様々なお箸を数多く見ることかできます。実際に手に取ってみると、握り心地は1本1本、すべて異なります。商品開発担当で、実際に木箸づくりの職人でもある丸川徳人さんにお話をお伺いしました。

工房ショップ内には様々なお箸があっていくらいても飽きないほど。ここで1時間、2時間と熱心に見たり、お話を聞いたりするお客様もいるとか。


「奇数角の箸は、箸を持つ3本の指がしっくりと収まり、お箸を正しく持てるように自然に導いてくれます。五角形の箸はしっかりとものをつまむことができますし、7角形のものは、また微妙な独特の握り心地でフィットします。丸に近い八角形のものは、どなたでも違和感なく使える自然なフィーリングのもの。ぜひ、実際に握ってみて選んでほしいですね」  日本の文化のひとつの象徴であるお箸。そのお箸をとことん追求したなかで生まれた、「江戸木箸 五角・七角・八角 削り箸」。シンプルながら握ってみるとお箸への印象が変わる逸品です。

大黒屋さんには、実はもう一つ「すみだモダン」に認証された商品があります。それが、「江戸木箸 究極相棒(携帯箸)」です。

ステンレス棒とマグネットでつながる「相棒」。箸の中に細かい穴をあける作業、そこにステンレス棒を加工する作業などは、国内の高度な技術を持つ企業に依頼。ニッポンのワザが集結したオリジナル商品です。


これは多角形の箸を二つ折りにして携帯を可能にしたもの。自分専用の「マイ箸」を持ち歩くことで、エコロジーな暮らしにも貢献。モノを使い捨てることなく、何度も大切に使うという日本の文化を、これも日本の文化の象徴とも言うべきお箸で実現しています。
「五角・七角・八角の箸がとても好評で、これを持ち歩けないか、というお客様の声から生まれたのが、この『相棒』です。従来のものだとネジ式で丸い箸が多かったのですが、これはマグネット式を採用しています。多角形の面をピッタリと合わせる部分に技術が必要でした。お箸は毎日使うものですから、是非、気に入ったマイ箸を携帯して頂きたいと思います」
お箸について熱く語る丸川さん。北海道や九州からも、自分に合う一膳を求めて来訪するお客様もいらっしゃるそう。

一膳一膳にストーリーがある
素材からこだわった木箸

 「江戸木箸 大黒屋」さんの工房ショップには、前ページでご紹介したふたつの商品の他、ここでしか買えないお箸も含め、数え切れないほどの種類が販売されています。素材は青黒檀(アオコクタン)や縞黒檀(シマコクタン)、鉄木(テツボク)といった東南アジア産の定番の高級木材の他、ピンクアイボリーやメープルなど、アフリカ、北米、中南米と全世界の木材を使用。新また、納豆箸や豆腐箸といった用途に合わせてデザインされたお箸や、力の弱い人でも力を入れやすいユニバーサルデザインのお箸もあります。太さや長さ、フォルム、色、重さのバランスなどを考えれば、その組み合わせは無限大と言えるでしょう。その一膳一膳すべてにストーリーがあると丸川さんは語ります。

 工房ショップに隣接した工房で、製作の様子を特別に見せていただきました。

棒状に加工された木材。ここから職人のワザで様々な形のお箸が生まれていきます。

ヤスリが取り付けられたグラインダーで、素材を削りながら形を作っていきます。
ヤスリは最初、60番という目の粗いものから、120番、240番、320番、400番と、だんだん細かいものに替えていきます。最終的な太さや形を考えながら、どうすればうまくできるか、効率的にできるか、職人のワザと経験が物を言う工程です。
棒状のものが四角になり、次第にきれいな五角形になっていきます。さらにこれから仕上げや塗りが施されて商品となっていきます。

工房の丸川さん。すでに10年以上の職人歴をお持ちです。


「商品に関してはすべて、木材の仕入れから企画、製造、販売まで、トータルに行っています。ですから、どのような素材を使って、どのような意図でデザインを考え、どんな技術で、どこに工夫して製作したか、どのお箸についても語ることができます。その中から、お客様の要望や、好み、使い方に合わせての、“この1膳”のお箸選びをお手伝いいたしますので、気軽に声をかけて頂ければと思います。また、長く使っていただきたいので、修理も数百円程度で行っています」という丸川さん。
今まであまりお箸を意識していなかった人も、大黒屋さんのお箸を見ると、きっと“お箸ってこんなに奥が深かったのか”と驚くはず。シンプルな中に込められた機能性とこだわりを、ぜひ体感してみてください。

江戸木箸 大黒屋
東京都墨田区東向島2-4-8
03-3611-0163
開店時間/月~土 10:00am~5:00pm (第2・第3土曜・日曜・祝日休)
ホームページアドレス http://www.edokibashi.com/

手間暇かけて
じっくり作る「江戸砂糖漬」

 「すみだモダン」は食の分野でも認証商品があります。そのひとつが「江戸砂糖漬」です。江戸時代から作られてきた、野菜を砂糖漬けにしてお菓子にするというものですが、現在、その技法を伝え、商品として販売しているのは、関東では一件のみとなってしまいました。それが墨田区にある「向じま梅鉢屋」さんです。

素材の良さをそのまま残しながら、砂糖漬に仕上げられた野菜たち。見た目にも美しく、楽しみながら味わうことができます。


現在、野菜の砂糖漬菓子として販売されているのは、ショウガ、夏ミカンの皮、大根、にんじん。レンコン、ゴボウ、蕗、昆布、椎茸、ナス、サツマイモ、栗、キンカン、ニガウリ、ミョウガ、イチジク、橙、ウド、タケノコ、なめこ等、約20種(季節によって異なります)。“え、こんな野菜もお菓子になるの”と思うものもあるかもしれません。その中で、実は江戸時代からあったのは、ミカンの皮、ショウガ、昆布、ゴボウの4種類くらい。それ以外は明治以降、梅鉢屋さんが代々開発し、商品化しものです。  当主の丸山壮伊知さんにお話を伺いしました。
糖度計を使って砂糖と水で作った蜜の濃度をチェック。だんだんに濃度を上げて、ゆっくりと素材にしみこませていきます。

「糖度計のない祖父の代の頃は、こうやって指で粘り気をみて、濃度を調節していたんですよ。本当に職人のカンですよね」と教えてくれた丸山さん。
リフトを使って慎重に素材を蜜から上げます。

ゆっくり、蜜を切っていきます。


「砂糖漬けは、野菜と砂糖だけで作られる、とてもシンプルなものです。技術的な秘伝など、何もありません。ただ、じっくりと時間をかけるだけ。でもそれが大変な部分でもあります」と語る丸山さん。砂糖漬けは、いかに素材である野菜に糖分を浸透させるかが重要。その方法を丸山さんは「素材に気づかれないように」と表現します。
「一気に素材に糖分をしみこませようとすると、素材の水分が蒸発してしまい、縮んでカチカチになってしまったり、シワシワになったりしてしまいます。もともと野菜が持っていたみずみずしさや風味を残し、かつ、糖分をしっかりと浸透させ、サラッとした表面にするためには、まずは濃度の低い砂糖水に漬けて煮込み、次第次第に濃度を高めていくしかありません。たとえば大根は、もともと水分が多く、味もあっさりとしているため、繊細さが必要です。4〜5日かけて少しずつ濃度を上げていきます。最初に切った寸法と全く同じで、甘みの中にも大根の風味が残るものに仕上げていきます。そとはさらさらに、中はジューシーに。それは時間と手間をかけないとできません」
いくつもの鍋を使い、それぞれ火の入れ方が異なる様々な素材を、同時並行で作っていく丸山さん。砂糖漬け職人の腕の見せ所です。

新しい素材に挑戦。
ここでしか出会えない味を

 先にもご紹介したとおり、砂糖漬け菓子は江戸時代から作られていますが、当初は数種類に過ぎませんでした。それを増やしていったのは、代々の梅鉢屋さん。ニンジンや大根は大正時代、椎茸やナスは昭和にはいってから。また苦瓜(ゴーヤ)は平成になってからと比較的新しいもの。そこには常に新しいものに挑戦するという姿勢があります。
「ゴーヤは意外性のあるおもしろい味で、とても好評です。これからは西洋野菜にも挑戦していきたいと思っています。これ以上はありえない、というくらい種類を増やしていきたいですね」と語る丸山さん。最近では江戸砂糖漬に対する様々な反応があるそうです。
「ヘルシー志向にあわせて、最近開発されたものだと思っていらっしゃる方もいます。おしゃれなお菓子として贈答品に選んでくださる方もいらっしゃいます。江戸の伝統的なものが、現代に見直され始めたんですね。また、私はあまりお酒を飲まないのですが、ウイスキーやブランデーなど、強い洋酒にも大変よく合うようです。高級なバーラウンジで季節限定で出すおつまみとして、注文を受けたこともあります。様々なシーンに江戸砂糖漬が注目されてきていることは嬉しいですね」

蜜を切ったら、敷き詰めた砂糖の上に素材を置いていきます。
砂糖をまぶしたら、上からも砂糖をふっていきます。
砂糖は2種類使います。まぶすのは結晶が一番小さい「粉糖」使用します。
砂糖がキレイにまぶされたニンジンの砂糖漬のできあがり。外側はさらっとして、中はジューシーです。

きれいに箱詰めされた江戸砂糖漬。お土産や贈答品にもぴったり。野菜の種類の数はいろいろ選ぶことができます。


大正時代から墨田の地で江戸砂糖漬を作り続けている梅鉢屋さん。今後も「墨田」にこだわって、この地を盛り上げてきたいと言います。
「墨田区には、他にも優れた技術を持った会社や人がいっぱい。東京、あるいは日本を代表するような様々な製品の中には、“メイドインすみだ”のものがたくさんあります。そうしたモノやコトに、もっと注目が集まればいいと考えています。江戸砂糖漬も、いろいろなところに店舗をだすのではなく、ここ墨田に来て買っていただく、ここでしか手に入らないモノをつくる、ということにこだわってやっていきたいと思っています」
そんな丸山さんの想いを表すように、梅鉢屋さんには、砂糖漬を楽しみながらお茶やコーヒーを飲める梅鉢屋茶寮も併設されていて、その一角には地元の作家の作品を展示できるスペースも設けられています。ぜひ訪れて、伝統のわざと味を堪能してみてください。

向じま梅鉢屋
東京都墨田区八広2-37-8
03-3617-2373
開店時間/月~土 9:00am~6:00pm (日曜・祝日休)
ホームページアドレス http://umebachiya.com/

伝統のワザと職人のこだわりが
込められた「小梅雛シリーズ」

 みなさんの家に、お雛様はありますか? 昔は、何段もの雛飾りがある家もありましたが、最近では住宅事情もあり、なかなかそうしたお雛様をみる機会も少なくなってきました。そんな中、とっても小さくてかわいらしく、個性的なお雛様をご紹介します。塚田工房さんが、伝統のワザにこだわって送り出す。「江戸木目込人形 小梅雛シリーズ」です。現代の住宅事情にもマッチし、優れたワザの詰まった工芸品を身近に置いておける、ということが評価され、「すみだモダン」に認証されています。

昔、工房があった小梅町にちなみ名付けられた「小梅雛」。伝統的工芸品である江戸木目込人形の小さな雛人形で、衣装には古代布が使われていますので、形は共通ですが、一点物。様々な衣装のものが選べます。


現代の江戸木目込人形の流れができたのが江戸時代後期。塚田工房はその歴史に連なる系譜で、初代が創業したのが1841年(天保12年)。現代表の塚田進(詠春)さんは6代目にあたり、170年もの歴史を受け継いでいます。
江戸木目込み人形は、主に桐のおが屑を固めた胴体の衣装部分に溝を彫って糊を塗り、溝に布を埋める(木目込んでいく)技法により作られる人形です。基本的にそれ以外の作り方は自由ですから、職人の個性やこだわりが表れやすいと言われています。
人形製作についてのこだわりを語る塚田さん。手に持っているのは人形のボディ。粘土で作った原型で型を取り、そこに桐粉に糊をまぜて作った桐塑を詰めて作った物です。よく乾燥させ、竹ベラできれいに成形。さらに布を埋めていく切り込みを入れ、仕上げます。


塚田工房で製作する雛人形には、頭や胴体の形から構想を立て、全くのオリジナルで作っていく受注生産品(いわゆる一品物)と、共通の形から作っていくものがあります。小梅雛シリーズは後者の一つですが、塚田工房オリジナルの形がベースとなっており、他には無いものです。
最近では、手間とコストを省くため、胴体を加工しやすい発泡スチロールで作ったり、頭を瀬戸物で作ったりする傾向もあるそうですが、塚田工房では昔ながらの素材や作り方にこだわり、「小梅雛シリーズ」でも妥協することなく、その品質へのこだわりが息づいています。
人形の顔の部分のベースも、小刀などを使ってきれいに成形。とても繊細な作業ですが、簡単そうに見えるのが不思議です。

人形のボディに、まず下着を着せます。この一手間が塚田さんのこだわり。本当に着物を着ているように見せるため、丁寧に作業。さらに糊を塗り、上の着物を着せます。

こだわりの一つの例が『二重木目込仕立』。塚田工房では人形の胴体に布を着せる際、まず下着を木目込み、次に上に着物を着せていきます。
「着物を直に着せずに、下に一枚布を貼ることで、本物の着物らしい、ふんわりとした風合いが出ます。下着を着せることで、上の布の良さを出すんです」
堅い物をいかに柔らかく見せるか。そこに職人のこだわりがあると語る塚田さんです。

下着の上に着物を木目込んでいきます。最初にボディに彫る溝の深さをしっかりと考え、さらに布の寸法も合わせて、ピッタリと溝にはまるようにしていきます。「発泡スチロールで作ったボディですと多少寸法が違っても埋め込んでしまえるのですが、うちでは伝統的な製法にこだわっていますので、細部はきちっと仕上げていきます」と塚田さん。

古代布を使って、
価値ある一品物を。

 人形に着付けられる生地は絹織物が基本。塚田工房では小梅雛シリーズをはじめ製作する人形の多くに江戸・明治・大正に着物だった古代布を使用しています。
「着物には縮緬(ちりめん)などの古代布を使います。今ではこの布を手に入れるのもなかなか大変ですが、きれいにものや味のあるものを見つけたときには嬉しいですね。多少高価でも仕入れてしまいます」と笑う塚田さん。もともと人間の着物の布だけに、雛人形に着せるには柄が大きいことも。それをうまく人形に合わせるところが、職人の腕の見せ所でもあるそうです。
「共通の形の顔と胴体を使っても、着せる古代布によっては一品しかない雛人形にもなります。昔の布は本当に美しく味わいがあり、これを人形の衣装として現代によみがえらせ、みんなに楽しんでもらえればと思っています。」

ストックしてある古代布を見せて頂きました。様々な柄、様々な色、様々な風合いの布があってワクワクします。

柄が細かいほど、小さな人形には合わせやすいとのこと。柄のどこを、どの位置に持ってくるかは職人の腕の見せ所。ストーリー性のある図柄や、伝統的な模様など、どう使われていくのかが楽しみです。


向島生まれの塚田さんは、高校卒業と同時に叔父である五代目名川春山の内弟子として入門。修業時代は、基本から完成品までの細部に至るまで学んだり、素材の特性を勉強したり。時には人形の顔を、来る日も来る日もひたすら白く塗る、という作業をすることも。つらくて逃げ出したこともあったと笑います。
「修行しているうちに、人形作りの奥深さを感じ、次第に打ち込むようになっていきました」と語る塚田さん。24歳で現在地の墨田区向島で独立。以降、現代に至るまで修行の毎日だと言います。様々なコンクールでの受賞も多数。平成12年には国の伝統工芸士にも認定されました。様々な新しいことにも挑戦。『小梅雛シリーズ』もそうした中で生まれました。他にもたとえば、平面の板に布を木目込んで絵柄を描き、インテリアとして飾る、というような作品も製作されています。江戸から続くワザを現代の生活の中で楽しめるものに。塚田さんの作品には、そうした職人のこだわりが息づいています。
小刀やヘラなどの道具を見せていただきました。今までハサミで行っていた作業をカッターに替えてみるなど、常に新しい方法も取り入れています。

同じ工房で仕事をしている塚田さんの息子の真弘さん。人形の顔を描いているところ。人形の顔は集中して一気に描き上げるそうです

塚田工房
〒131-0033
東京都墨田区向島2-11-7
電話:03-3622-4579 FAX:03-3622-4590
ホームページアドレス:http://www.edokimekomi.com