ワザNOW vol.10
ブランセラミカさつま 2023/3/2

めざすのは、“身にまとう白薩摩焼”。
絵師を父に持つ娘が起こす新しい風

薩摩焼400年超の歴史に、
見えてきた陰り。

 「薩摩焼」の歴史は、文禄・慶長の役(1529〜1598)、俗にいう「焼き物戦争」の際に、薩摩藩の藩主・島津義弘が李朝の陶工を連れ帰ったところから始まります。薩摩焼には「白もん」と呼ばれる白薩摩、「黒もん」と呼ばれる黒薩摩という表情の異なる2種類がありますが、白薩摩は陶土の希少性と繊細な絵柄から当初は、身分の高い人々に愛用されてきました。そして誕生から400年を超える歳月を経る中で、白薩摩は黒薩摩とともに庶民の暮らしの中に根付いていきます。鹿児島県の家庭では、白薩摩なら茶器や花器、黒薩摩なら焼酎専用の土瓶「黒じょか」などが家のどこかにあるというのが、つい最近までは一般的な光景となっていました。
 しかし、日本各地の伝統工芸品と同じく、生活スタイルの洋風化をはじめとした時代の変化は、薩摩焼の隆盛にも影を落としています。かつては鹿児島市の繁華街「天文館(てんもんかん)」に何軒も、地元や旅行客に薩摩焼を販売する専門店があったそうですが、今では少数に。そうした衰退の流れを断ち切るべく、時代にあった新しい白薩摩焼づくりを目指して奮闘している「ブランセラミカさつま」の七夕涼子さんにお話を伺いました。

七夕涼子(たなばた・りょうこ)
ブランセラミカさつま 代表
七夕涼子(たなばた・りょうこ)
白薩摩の絵師である父・脇坂幹登(わきざか・みきと/画号は幹山)に、50歳を過ぎて師事。日々、新しい白薩摩焼を世に送り出している。
店舗「白もんベース」
店舗「白もんベース」/ 鹿児島市堀江町1-17 1F白もんベース
https://branseramikasatsuma.jp/

従来の白薩摩焼のイメージを覆す、
「ブランセラミカさつま」の作品。

 天文館に程近い、「ブランセラミカさつま」の店舗「白もんベース」を訪ねると、これまでの白薩摩焼の店舗のイメージとは違った、ネックレスや指輪、イヤリングといった様々な種類のアクサセリーが多数展示されています。白い磁器の表面に薩摩焼独特の細かな“貫入(かんにゅう)”があり、その上にやはり白薩摩焼に特徴的な金彩や草花の絵が施されていますが、一見すると白薩摩焼というより、ヨーロッパなどのビンテージ・アクセサリーのよう。
 「私が目指しているのは、“身にまとう白薩摩”。今の生活にあったもので、もっと身近にカジュアルに白薩摩を楽しんで欲しいと、2014年の10月から、こういった作品を手がけるようになりました」。
 それまで七夕さんは、書道を子どもたちに教えるなどはしていたものの、家庭を守ってきた専業主婦。どのような道のりを経て、「ブランセラミカさつま」を立ち上げるに至ったのでしょうか。


ヨーロッパのビンテージ・アクセサリーのような趣きの「ブランセラミカさつま」の白薩摩焼のアクセサリー。

桜島をモチーフにしたゴルフマーカー。噴煙には本物の桜島の灰を使用。赤いストーンは、鹿児島で“西郷星”とも呼ばれる火星をイメージしてつけたものだそう。

桜島の姿をしたアロマポット。描かれている花は、ミヤマキリシマ。

人生半ばを過ぎた自分が、
白薩摩焼のためにできることは何か。

 「昭和8年生まれの父は、白薩摩の絵師です。子どもの頃から絵を描くのが好きで戦後の人手不足の時期に声が掛かり、15歳の時に白薩摩を製作する工房に手伝いに入ったそうです。以来、約70年にわたり商業絵師として筆を取ってきました。私が子どもの頃はまだ白薩摩焼の業界はとても忙しく、朝起きると父は住まいに併設した仕事場で、もう絵付をしていて、夜も遅くまで仕事をしていたので、いつ寝ているのだろうと思ったものでした。私は高校を卒業後、演劇の世界を目指し上京しましたし、自分が白薩摩焼に関わるつもりも、ありませんでした」。
 そんな七夕さんでしたが、50歳を過ぎた時、ある思いが生まれ白薩摩焼の世界に飛び込んだと言います。
 「2013年に父が肩を痛め『いつまで描けるのか』と少し弱気になったように見えました。その時になんとかして父が繋いできた伝統を残していかないといけないのではないか、と思ったのです。とはいえ、私も50歳を超えていましたし、今から何年もかけて修行をするのは現実的ではない。何年も修行してこられた方や、代々薩摩焼を継承する窯元もある中で、私にできることは何だろうと考えたどり着いたのが“白薩摩焼の普及推進”のポジション。気軽に白薩摩焼を手にとってもらえる作品づくりをして、最初の入り口になろうと。そして白薩摩焼の魅力に触れた方が、代々継承している窯元さんの作品を手にとってみるといった流れになれば嬉しいなと」。
 作品のほとんどがネックレスや指輪、イヤリングといったアクセサリーなのは、白薩摩焼を気軽に手に取り、使ってほしいという七夕さんの思いがあってのこと。身につけることを考えて、重くならないように配慮したり、バッグチャームのような作品は保護のためにレジンでコーティングを施す配慮もされています。

K24の金液で線を描き、
顔料で彩色する。

 七夕さんが“身にまとう白薩摩”として生み出した、「フラワーシリーズ」は、誕生月の花を絵付し、さらに誕生石をアクセントに配したシリーズで、バックチャームなどに展開されている作品。その絵付の工程を少し見せていただきました。

【線描き】釉薬をかけ1230℃で約12時間の本焼きをしたベースに、絵付をしていきます。まずはK24の金液で線を描いていきます。
【彩色】膠で溶いた顔料で彩色していきます。線描き、彩色の工程が終わると800℃で約6時間「絵付焼き」を行います。

絵付の工程で使う主な道具と材料。

フラワーシリーズの絵付の過程。

フラワーシリーズのバックチャーム。

鹿児島の工芸や日本文化の魅力を、
仲間と共に発信する活動も。

 白薩摩焼の魅力を「控えめだけど華やかさがある」と語る七夕さん。特にアクセサリーにした時に、この魅力を再認識したのだそうです。
そして同じように伝統工芸や日本文化の魅力を、次代につなげていきたいという共通の思いを持つ仲間とともに、七夕さんは2019年にNPO法人JA★TSUMA(ジャツマ)を立ち上げます。現在JA★TSUMAに参加するのは、七夕さんの白薩摩をはじめ、大島紬、畳、和暦、木目込み人形、華道を次代に残したいと考える面々。JA★TSUMAでは作品をコラボで作ったり、イベントを行うなどの活動をしているそうです。七夕さんの親の世代から受け取ったバトンを次に繋げていく活動は、同じ志の仲間たちとともに、工芸のジャンルを超えて静かに少しずつ、広がっていっているようでした。

JA★TSUMAの活動で仲間と制作した羽子板。ウサギのボディが白薩摩と木目込。右端の奄美のクロウサギの胴体には、大島紬があしらわれています。