ワザNOW vol.1
石川県 2010/9/3

〈Kyu-Wa〉をめぐる職人たち
ワザの可能性を拓く挑戦に注目

東急ハンズで
若い世代にもアピール

 石川県は、江戸時代、前田家のもと、経済や文化が花開きました。今でも加賀友禅や加賀繍、九谷焼や金沢箔、輪島塗といった伝統工芸が有名です。とくに県庁所在地である金沢は、加賀百万石の中心地として栄え、その賑わいは今に続いています。そんな金沢市にある「香林坊109」というショッピング施設の3階で、本年7月、「東急ハンズトラックマーケット」が開催され、若手工芸作家の作品を展示・販売する催しが行われました。その中のひとつが、東龍知右門(とうりゅうとうえもん)さんのプロデュースによる、「能登の新工芸<Kyu-Wa>」。

今年の6月には、東急ハンズ銀座店でも展示・販売されていた『Kyu-Wa』。約1ヶ月間で多くのファンを獲得しました。


 これは「九谷焼(=Kyu)の土」に輪島塗(=Wa)の職人による塗り」を施したもの。マグカップやお茶碗、お皿、お猪口といった日常生活用品が並びます。注目はカラー。赤や黒といったいわゆる輪島塗の定番の色に加えて、水色や紫、緑など実にカラフル。特に水色は若い女性を中心に人気があるそうで、訪れたときは既に売り切れ間近でした。価格は2000円~5000円と抑え目。気軽に輪島塗の風合いを味わえることで、まとめ買いをする方も数多くいたそうです。実はこの<Kyu-Wa>、金沢の前には東京の東急ハンズ銀座店でも展示販売され、人気を博していました。

左:金沢市の香林坊109で7月19日まで開催されていたトラックマーケットでの東龍さん。右:ここでも様々なカラーの『Kyu-Wa』が人気に。

「職人は、自分の作ったものが多くの人に使って貰えることが大きな喜びです。『高級』というイメージのある漆塗りの器を、もっとみんなが普段使いにできれば、と考えました。万が一漆がはげてしまったら、塗り直しができる、というのも魅力だったのかもしれません」と語る東龍さんは、実はもともとは備前焼の作家。2006年に石川県に移り住んできました。そこで地元の職人さんたちと触れあう内、もっと職人のワザを活かせないか、伝統工芸をめぐる厳しい環境の中、新しいマーケットを開拓できないか、と考え、3年間かけて生み出したのが、この<Kyu-Wa>だったそうです。そこで今回は、東龍さんにご紹介いただき、新工芸「Kyu-Wa」に関わる職人さんたちを取材しました。

石川県輪島市内の東龍さんの工房にて。20年以上のキャリアを持つ陶芸家の東龍さん。『Kyu−Wa』のプロデュースなど、様々な取り組みをされていますが、土に向かっているときがやはり一番落ち着くそう。

輪島塗の下塗職人の
腕が実現した新たな漆の世界

 最初にお会いしたのは曽又正弘さん。下塗り、中塗りの職人さんで、独立して曽又漆器店を営んでいます。「10年間輪島で修行し、その後一時期、京都で塗りの仕事をしていたことがあります。神社や仏閣での仕事が多かったのですが、コンクリートの柱に漆を塗ったこともあります。ですから、東龍さんから『陶磁器に塗りたい』と言われたときも、特には驚きませんでした」という曽又さん。東龍さんには「好きに塗って欲しい」と言われたのこと。「基本的には細かい発注があって、その通りに仕上げるのが職人の仕事。こだわりでもあります。でも今回は半分遊びのような気持ちで、気軽にやらせてもらっています。するといろいろアイデアも出てくるんですよ」と笑顔の曽又さん。

左上:製作途中の『Kyu−Wa』。様々な試行錯誤をしているそう。これには通常の輪島塗のように布張りがされています。左下:漆器の修理も請け負う曽又さん。蒔絵をし直すときは、蒔絵師の方と相談して図案の検討もされるそうです。左下2つ目・右:輪島塗の中塗り中の曽又さん。見事なヘラさばきで次々と塗り上げていきます。


 「輪島塗にはきちんとした製法があって、それをしっかりと守ってきたからこそ、すぐれた品質が今にいたるまで続いてきたと思います。特に下塗り、中塗りの職人さんたちは、『丈夫で美しい輪島塗』を支えてきた優れたワザの持ち主たち。「塗る」というワザのプロフェッショナルです。そんな彼らに自由に力を発揮してもらったら、どんな作品ができるんだろう、という期待もありました。頭でなく、『職人の手』で考えるデザイン。それが<Kyu-Wa>のコンセプトのひとつでもあります」と東龍さんは語ります。

左上:様々な色の漆で塗られた『Kyu−Wa』。左下:美しい青のグラデーションを漆で施したアクセサリー。右上:仕事場で取材に答えてくださった木下さん。右下:和紙でしっかりと漆を漉して、微細なホコリも取り除いてから塗りに入ります。

次に訪ねたのは、やはり下塗り、中塗り職人の木下星治さん。実は木下さんは、昼間は別の仕事をしています。漆塗りの仕事は夜と休日に。「せっかく長年修行して培った技術、ということもありますが、漆の仕事が好きなんですね。ですから、夜とか休日に働いても全然苦になりません。<Kyu-Wa>の話を聞いたときは、漆の仕事ならば、と迷わずやってみようと思いました」と語ってくれました。<Kyu-Wa>の他にも漆塗りのアクセサリーなどを手がけている木下さん。様々な色を出すことに取り組んでいて、写真のようなきれいなグラデーションのものもあります。「アクセサリーや、この『Kyu-Wa』の仕事は、この色が人気だとか、売れた、売れない、という評価がすぐにわかります。従来の下塗りの仕事ではなかなか味わえないことですから、『こういうのもいいな』と思います」

左・右上:実際に『Kyu−Wa』の塗りの仕事を見せていただきました。美しい赤い色の器ができあがっていきます。右下:木下さんと東龍さん。率直に意見を言いながら、『Kyu−Wa』を進化させています。

土へのこだわりが
「本物」の器を生み出す

 翌日おうかがいしたのは、<Kyu-Wa>のベースとなる磁器の原料、『土』を扱う谷口製土所さん。同所は九谷焼で使われる代表的な陶石である「花坂陶石」を扱う「土屋」さん。全国の陶芸家が土を買い求めに来ます。取材させていただいたのは三代目となる谷口公昭社長。お話をおうかがいしている間にも、陶芸家の方から土に関する相談の電話があり、丁寧なアドバイスをされていました。

左上:九谷焼の土となる花坂陶石。美しい肌を見せています。左下:粉砕された陶石。幾種類かの土が、ここでは作られています。右上:土の成分を詳しくチェック。用途により最適な土を提案するのも谷口さんの仕事です。右下:谷口さんと東龍さん。この土から『Kyu-Wa』が生み出されていきます。

 「初めて東龍さんが来て、お話ししたときは、土のことをとても良く見ておられる方だな、と思いました。また、いろいろ違う見方ができるなとも感じました。伝統的な焼き物の分野も厳しい状況にあります。それは原料である土を扱っていると肌で感じます。ですから、東龍さんのように、違った角度から伝統工芸を考えることは必要だと思いますね」と語る谷口さん。漆を塗るということで、最適な土の成分についてなど、東龍さんとはいろいろ話し合ったそうです。お話をうかがった後、製土所の様子を見せていただきました。

左上・右:ある程度の大きさに砕いた陶石を杵(きね)でつくようにしてさらに細かく砕いていきます。柔らかい部分はより細かく、固い部分は小石状に残ります。左下:ふるいにかけて小石をのぞいた後、水と混ぜ合わせて粘性のあるものと乏しいものに分別。「泥しょう」という状態にして、さらに不純物を取り除いていきます。


 九谷焼の土の元となる花坂陶石をはじめ、何種類かの土がそこでは作られていました。やはり九谷焼となる土はきめ細かで美しく、香気を放っているようでした。他の陶石産地は採石量も減ってきている、ということですが、ここ花坂陶石はまだまだ豊富な量があるとのことです。

左・右下:最終的に選ばれた良質の石粉を脱水機にかけて水分を除去。パレットと呼ばれる円形状に型抜きされます。右上:商品化する際は、1種類あるいは何種類かの土を練りあげます。谷口製土所では土の中の空気を抜きながら練る真空土練機を使用。陶芸家の方が作陶の前に荒練りや土踏みの手間を省けるそうです。

今回、<Kyu-Wa>に関わる人々を取材させていただきました。そこで感じたのは現在の伝統工芸をめぐる厳しい環境。その中にあって、東龍さんは現代の若い世代にアピールできる、流通まで含めた新しいモノづくりのありかたに挑戦。「新工芸」と名付け、新しいインパクトを与えようとしています。同時にそれは、せつかくワザを持った職人の持つ高いポテンシャルを、また違った形で発揮してもらうことにより、新たな仕事、新たなやりがいを生み出す可能性を秘めているように感じました。今後もこの「新工芸」の挑戦には注目していきたいと思います。