専門家に信頼される技と感性は、
時代のニーズを捉えつつ、もっと多くの人へ。
江戸職人の感性と技がルーツ。
海外の美術館が収蔵する、有名画家の油絵。その絵を鑑賞しに出かけた美術館で、絵を縁取る壮麗な「額縁」に見惚れたことはないでしょうか。迫力ある油絵に重みを足すかのように装飾を施され金箔を押された額縁には、時を経て重厚な古美がついています。主役は絵であるものの、脇役の額縁も絵の魅力を引き出すために緻密に設計されているのだと気付かされます。西洋文化の影響が色濃く感じられる「額縁」ですが、実は日本ならではの感性や技を取り入れた工芸として確立されています。東京都は「東京額縁」を1982(昭和57)年に伝統工芸品に指定しています。洋画が日本で普及し出した明治初期、額縁は指物師や仏像彫刻師、塗師など日本伝統の技を持つ職人たちによって製作されていました。「東京額縁」が日本ならではの感性や技を取り入れているというのも、その始まりに理由があるわけです。モールディングと呼ばれる装飾済みの既成材を使う海外製と違い、フルオーダーで製作するのも東京額縁の特徴だそうです。なかでも東京・荒川区にある「富士製額」は、木工、組立て、仕上げまで一貫して行う数少ない額縁メーカーの一つ。額縁の魅力、将来性について、お話を伺いました。
企画・設計で、作品の魅力を引き出す。
「外から見ると材木屋のように見えますが、私たちの仕事は板を仕入れるところから始まります」。そう案内してくださったのは、富士製額の代表、吉田一司さん。米国産のポプラ、カナダ産のハードメープル、日本産だと多摩の杉や檜。世界中から買い集められた木材の中には、40年ほど出番を待って寝かされているものもあるそうです。「檜、チーク、ウォールナットなど木目が綺麗な材は、木目を生かしたデザインを提案したりしますね」と吉田さん。フルオーダーは東京額縁の特徴の一つですが、そのためには、まず最初にプロの目で、額装する絵画などの魅力を引き出す企画・設計が必要です。額縁製作の工程の一つである「纏め(まとめ)」は、作家や絵の所有者である顧客と会話しながら、製作方針を立てる工程。その工程を、富士製額では代表である吉田さんが担っています。大事な工程ですが、特に専門の勉強をしてきたわけではないのだそうです。「私なりに考えているのは、お客さまが作品をどうしたいのか、つまり作品に向かってフォーカスしていくのか、作品を活かして世界を広げていきたいのかを見極めること。どういった空間に飾られるのかも判断のポイントで、実際にお部屋を拝見しに出向くこともあります。お客様とお話をする中で、好きな色、好きなものがわかってくると、自然と方針は見えてきます」。富士製額では画廊などとの取引もありますが、こうして吉田さんが方針を立て、額装を新たにした作品が、魅力を増して顧客の目に留まり売れ行きがよくなる、ということもあるのだそうです。
一階は「木工」「組立て」の作業場。
吉田さんが立てた製作方針は材やサイズが断面図とともに注文書に記され、「木工」の工程へと進んでいきます。一階の作業場では、熟練の職人が注文書に応じて「木取り」、そして「組立て」を行っています。最近では世界的な建材不足から、板材が不足し高騰しているそうです。取材時に「組立て」を行なっていた額は、木材に変わる新たな素材として他社が開発したもので、古着を固めたもの。コーティングすると硬化するため、構造材として使ったり、また特徴のある素材感を活かして仕上げ材として使ってもユニークなのではないかとのこと。
二階は「塗り」の工程の作業場。
二階は「塗り」と呼ばれる、工程の作業場です。高齢化が進む業界で若手として期待を寄せられる30代の栗原さんと、栗原さんが「師匠」と仰ぐ70代の職人が、組み立てられた額に下地を塗り、研ぎ、箔押しをするなどして仕上げていきます。栗原さんに箔下塗り、そして箔を押す工程を見せていただきました。
和菓子型のような木型で装飾を作る。
次に見せていただいたのが洋額の装飾、「飾り型」づくりに使用する道具。木の板に模様を彫刻した木型は、和菓子づくりで使われる和菓子型を思い出させます。富士製額には、棒状の飾り型ができる長い木型、額縁の四隅を印象的に彩る大きめの木型など様々な種類の木型が多数保管されています。この木型に粘土などの固料を詰めて取り出し、乾燥させたものを木枠の木地に貼り付け装飾していきます。貼り付けが終わったら、胡粉と膠を混ぜた引き地で「下地塗り」をし、砥石で研ぐなどして「下地仕上げ」を行ないます。その後、「箔下塗り」を経て「箔押し」へと進みます。「箔押し」したばかりの額縁は、光り輝いてはいるのですが、そのままでは陰影に乏しく飾られる絵画の重みを損なうことにも。そこで「古美付け」という伝統技法で、絵画の重みに合わせるように経年変化を表現していくのだそうです。
もっと広がる、東京額縁の活躍の場。
日本ならではの感性と技を取り入れ発展してきた、東京額縁。この技を次代に伝えていくためにも、美術に関わる専門家だけではなく広く額縁の魅力を伝えていく必要があります。富士製額では、専門家からの依頼やOEMだけではなく、自社オリジナル製品の開発にも力を入れつつあります。なかには、額縁の新たな魅力に気づかさせてくれる製品もあります。「DRIP FRAME」は、コーヒーをドリップする時のコーヒーの雫が落ちる風景を切り取り、その時間をより楽しめるというもの。「FRAME FRAME」は台座と枠を組み合わせ、台座に飾るものや枠が切り取る風景を借景として楽しめるもの。いずれも額縁の風景を「切り取る」という機能、魅力を気づかせてくれるものです。
こうした自社オリジナル製品の開発や、ホームページ、SNSでの発信を通じて東京額縁の技の奥深さや魅力は少しずつ伝わり始めているようです。NFT(Non-Fungible Token)アートを保管するハードウォレットと、保管されているデジタルアートの出力を組み合わせた額は、富士製額の噂を聞きつけた会社からオリジナル額の製作を依頼されたもの。額装するものの魅力をフルオーダーで引き出す「東京額縁」が活躍できる場は、想像以上に広大なのかもしれません。