求道者たち vol.4
笠間焼 2010/8/5

焼物の里・笠間で切磋琢磨する新旧作家たち

刺激的な作陶環境のもと
生まれる多様な笠間焼

 信楽の陶工が伝えたワザを受け継ぎながら、ベテランから若手まで数多くの作家が活躍する笠間。笠間焼の特徴のひとつでもある糠白釉(ぬかじろゆう)や柿赤釉(かきあかゆう)が得意な作家もいれば、日常のうつわとして使える実用的なモダンクラフトを生み出す作家や、登り窯で昔ながらの焼き方にこだわる作家、笠間の土を使ったアーティスティックなオブジェを創造する作家も活躍するという、群雄割拠の様相を呈しています。

 観光の中心である「ギャラリーロード」を歩けば、焼物を扱う様々なお店や、笠間在住の作家の器を展示する本格的なギャラリーが点在。「笠間をもっと盛り上げたい」という人が多く集い、ギャラリーの設立に尽力したり、地元作家の個展・企画展が頻繁に開催されるなど、笠間は作家にとって刺激的な作陶環境の町です。

 「特徴のないのが特徴」ともいわれる笠間焼ですが、伝統にのみとらわれず、新しい表現をどん欲に吸収しながら、窯元が自由に芸術性を競い合う環境は、ほかの地域ではあまり見られないもの。今回の『求道者たち』では、ここで活躍される二人の作家さんにお話をお伺いしました。

赤絵で草花を表現する。筆を執るのは伝統工芸士の武内さん。
急須の蓋を作る作業。ろくろを回すのは陶芸家、額賀章夫さん。

左上:シンプルな中に花の気品が宿る、美しい赤絵。左下:武内さんの工房には、焼成を待つ素焼きの陶器が並んでいました。右:手作りの温もりとわびさびがある湯飲み。額賀さんの工房にて。

「手に職をつけたい」で陶芸の道へ
笠間焼の人気作家・額賀章夫さん

額賀さんは、笠間焼の売れっ子作家です。頻繁に個展を行い、日本中を駆け巡っています。ぜひブログでもチェックを! http://akio-nukaga.com/
1.急須の口をつくる。使っているのは信楽の土。ろくろが挽きやすいそう。2.工房の作業スペース。ここから様々な作品が生まれています。

 シルエットはモダンで洗練された印象を受けるのに、その土肌は時を重ねたようなわびさびのある古色を纏う。笠間焼の陶芸家、額賀章夫さんの代表作である『プリーツワーク』のうつわには、新古の趣が同居したような、ふしぎな味わいがあります。

 「使いたい色が出せるようになったのは、東京造形大学で染色を学んだことが大きいですね。」と語る額賀さん。骨董にも造詣が深いのか工房の本棚には専門書も数多く並んでいました。
大学を卒業後、染色の方面には進まず、イベントや舞台の大道具などさまざまなアルバイトを経験したという額賀さん。手に職をつけたいという思いから、25歳の時に笠間の窯業指導所で陶芸を学びました。卒業後は、窯元「向山窯」にて修行の日々。「工房に住み込んで朝の8時から、夜の7時まで、ひたすらろくろを回す生活でした。親方は一日に湯飲みを1000個も挽けるような名人でしたから、ここで数を作る、ということをみっちりとやりましたね。一時間に50個とか、毎日がタイムトライアルのようでしたよ(笑)」。

 親方にも勧められて独立を決意し、ここ笠間に工房を持ったのが1999年。額賀さんの器は次第に評判を呼び、地元のみならず東京や京都からも数多くの発注が来るようになりました。「たくさん数は作れませんが、持って行くと喜んでくれるのが、ありがたいですね」と話す額賀さん。現在は月に一度程のペースで個展を開催し、2009年に行ったロサンゼルスでの個展も大成功。また、松島奈々子と韓国の人気俳優ソン・スンホンが主演を務める映画「ゴースト」の日本リメイク版の陶芸技術指導にも抜擢されるなど、笠間の人気作家として活躍しています。

左上:代表作のひとつである、「プリーツワーク」の湯飲み。時を重ねたような風合い。左下:1999年に作った工房。山の中にひっそりと、自宅と並んで建っています。右上:工房の奧にある窯はガス窯です。週に3回ほど稼働するそう。右下:朴訥とぬくもり。額賀さんの作品には生活に溶け込んだ道具のような趣があります。

「若い人は、本物の技術を」。
伝統工芸士、武内雅之さん

 柿色の釉を含んだ繊細な筆先が大胆に踊り、花びらを描く。絵の具は薄すぎると掠れ、厚すぎるとその部分がめくれてしまったりするので、調節も肝要。華やかな印象にするには、大きめに描くのがよいそうです。  母校の多摩美術大学では「絵画科陶芸コース」を選択したという武内雅之(たけうちまさゆき)さん。笠間焼伝統工芸士会の会長を務める、この道40年のベテランです。茨城県の窯業指導所の二回生として卒業し、その後卸問屋で修行。独立し、北海道美術協会展朝日新聞社賞受賞のほか、数々の経歴をへて2001年に笠間焼総合部門伝統工芸士に認定されました。

 ろくろを挽けば一塊の土くれはあっという間に立派な大鉢へと変化し、筆を握れば白い肌のキャンバスに優美な赤絵が描き出される。確かな技術の裏付けがある、これぞ伝統工芸士のワザといったところでしょうか。

 武内さんの工房は、笠間駅の南、画家の住居やアトリエなどが点在する「芸術の村」にあります。優れた陶芸家としても知られる北大路魯山人の住居であった春風萬里荘にも程近い場所。ここから産地の発展をずっと見守ってきた武内さんは、現在の笠間の環境について、こう警鐘を鳴らします。「今、作家活動をやりたがる人は多いけれど、焼物で生計を立てるには生半可な気持ちではだめ。バブルの頃と違って、作ればなんでも売れるという時代とは違う。景気が厳しさを増してきているからこそ、逆にこれをチャンスと考えて若い人には本物の技術を身につけてほしいね」。
笠間焼を愛するがゆえの、厳しい言葉。自由な作風のもとに新進作家が続々と誕生する一方で、こんな職人かたぎの伝統工芸士がいるからこそ、笠間は焼物の産地としていまもそのエネルギーを失わないのでしょう。

フリーハンドで描く武内さんの絵付け。数え切れないほどの絵筆を使い分けて繊細に描きます。伝統工芸士のワザが冴える一瞬。
左:化粧泥によって盛り上げの線文や絵を描く「イッチン」という技法。 右:伝統工芸士の武内さんはろくろの腕も一級品。大鉢を大胆に形成します。

左上:本焼前と本焼後のうさぎのカップ。焼かれて目が入るとぐっと素敵になります。左下:人気のタジン鍋も絵柄が入ると華やかに。右:武内さんの奥さんはオブジェ作家。同じ工房でうさぎの人形を作っています。


笠間焼 ろくろ成形―急須づくり