職人魂が宿る「江戸和竿」づくりの道具
竹の曲がりを矯正する
「矯め木」を独自に製作
過去2回で東京江戸小紋、輪島塗にスポットライトを当て、「道具」から見えてくる職人の思いや歴史に迫ってきた「道具考」。第三回目となる今回は、竹が主な材料でありながら、その洗練された姿は芸術品とも評される釣竿「江戸和竿」づくりに用いられる道具を工程と共に江戸和竿師「二代目竿栄」さんに紹介していただきました。
一本の竿にするため、どの竹を何本継ぐのかなどを決める「切り組み(設計)」を行ったら、選んだ竹を七輪の火で炙りながら「矯め木」と呼ばれる道具を用いて、曲がりを矯正します。これが「火入れ」と呼ばれる工程。工房の壁には、大小さまざまな「矯め木」が多数掛けられていたのですが、すべて自作というから驚きました。 「昔は、炭を買うと井桁(いげた)に組まれた桜の木や樫の木などの固く丈夫な木が付いてきたので、それを利用し、矯め木を作ったんですよ。作ったばかりの矯め木は、少々扱いづらいんです。反面、炙った竹から染み出てきた油を長年吸ったものは、火入れの際も竹の滑りが良く、作業もスムーズになるんです。」
そう話しながら、工房内の壁に掛けられていた「矯め木」を畳みに並べ、間近で見せてくれました。色が濃く年季の入ったものが、竹の油をよく吸ったものだそうです。
「火が均一に当たるように、竹を回しながら炙っていると、手元がどうしても熱くなってしまうんです。だから、これを使っているんです」。箪笥から取り出したのは、足袋。私は、ただただ不思議に思い足袋を見つめてしまいましたが、しっかりとした理由がありました。それは、足袋は丈夫なうえ、底が厚く熱が伝わりにくいためです。また、これはお父様であり、師匠でもあった「初代竿栄」から引き継いだ知恵でもあったのです。
「ないのなら作ってしまおう」。
そんな職人魂が宿る「道具」
「火入れ」後は、継ぐ部分がしっかりと差し込めるように調節し、受ける側のコグチに糸を巻いていきます。続いて、「ワギリ」という鉄製工具で竹の内側の節(肉)をさらい、「丸棒ヤスリ」で竹の内部を滑らかにする「節抜き」に移ります。
この丸棒ヤスリも竿栄さんの自作。鉄棒に鏨(たがね)で目(歯)を立てて作ったのだそうです。
「丸棒ヤスリの目は、使う内に擦り減ってしまいメンテナンスしないといつの間にかツルツルになってしまうんですよ。丸棒ヤスリは、川口市の鍛冶師の方が製作されたものをいつも使っていたのですが、引退されたようで…。その後は、なかなか満足のいくものに出会えませんでした。それでというわけでもないのですが、自分で作ってみようと思ったんですよ」。
丸棒ヤスリの細かな目は、とても数えられるほどではなく、その大変さは測り知れないものでした。それにもかかわらず、そんな苦労を感じさせないほど、江戸和竿づくりについて楽しそうに話す竿栄さんの顔が印象的で、江戸和竿づくりへの情熱を感じました。
竹の性質を見極める
「目」も重要な道具
江戸和竿づくりの最終工程は「漆塗り」。漆を塗る際は、人間の毛髪を使用した「漆刷毛」を使います。他の刷毛と異なり、人毛を使うのは粘度の高い漆を塗るために必要な腰の強さと、刷毛目が残らない軟らかさを併せ持つからだそうです。漆を塗り終わったら、漆が硬化しやすい湿度70~85%に保った室(むろ)と呼ばれる大きな木の棚の中で、乾燥させ完成となります。
ここまで工程と共に多くの「道具」を紹介してきましたが、どんな職人にとっても欠かせない「道具」があることを、竿栄さんの言葉にあらためて気づかされました。それは、職人がモノを見極める「目」です。
「竹と言っても特長の異なるさまざまな竹があり、一つの枠ではくくれません。それに、同じ種類の竹でも育った環境が違えば、その特長も微妙に違ってくる。良い竹の特長は、節と節の間隔が狭くて、なるべく真っすぐなもの。竹を何千本、何万本という束で購入することもあったのですが、良い竹はその中に2、3本あるかないかという世界ですから、最初の『切り組み』段階での『目』が何より重要な道具ですね」。