道具考 vol.3
江戸和竿 2011/9/15

職人魂が宿る「江戸和竿」づくりの道具

竹の曲がりを矯正する
「矯め木」を独自に製作

 過去2回で東京江戸小紋、輪島塗にスポットライトを当て、「道具」から見えてくる職人の思いや歴史に迫ってきた「道具考」。第三回目となる今回は、竹が主な材料でありながら、その洗練された姿は芸術品とも評される釣竿「江戸和竿」づくりに用いられる道具を工程と共に江戸和竿師「二代目竿栄」さんに紹介していただきました。

今回インタビューさせていただいた江戸和竿師「竿栄」さん。約70年ものあいだ、江戸和竿づくりを続けている

一本の竿にするため、どの竹を何本継ぐのかなどを決める「切り組み(設計)」を行ったら、選んだ竹を七輪の火で炙りながら「矯め木」と呼ばれる道具を用いて、曲がりを矯正します。これが「火入れ」と呼ばれる工程。工房の壁には、大小さまざまな「矯め木」が多数掛けられていたのですが、すべて自作というから驚きました。  「昔は、炭を買うと井桁(いげた)に組まれた桜の木や樫の木などの固く丈夫な木が付いてきたので、それを利用し、矯め木を作ったんですよ。作ったばかりの矯め木は、少々扱いづらいんです。反面、炙った竹から染み出てきた油を長年吸ったものは、火入れの際も竹の滑りが良く、作業もスムーズになるんです。」
そう話しながら、工房内の壁に掛けられていた「矯め木」を畳みに並べ、間近で見せてくれました。色が濃く年季の入ったものが、竹の油をよく吸ったものだそうです。

どんな竹の太さにも合うように、さまざまな「矯め木」が用意されています

「火が均一に当たるように、竹を回しながら炙っていると、手元がどうしても熱くなってしまうんです。だから、これを使っているんです」。箪笥から取り出したのは、足袋。私は、ただただ不思議に思い足袋を見つめてしまいましたが、しっかりとした理由がありました。それは、足袋は丈夫なうえ、底が厚く熱が伝わりにくいためです。また、これはお父様であり、師匠でもあった「初代竿栄」から引き継いだ知恵でもあったのです。

火入れは竹の曲がりの矯正と強度の強化の意味があります。ただし、炙りすぎては、強度がもろくなってしまうため、経験に基づく「勘」が欠かせません

「ないのなら作ってしまおう」。
そんな職人魂が宿る「道具」

 「火入れ」後は、継ぐ部分がしっかりと差し込めるように調節し、受ける側のコグチに糸を巻いていきます。続いて、「ワギリ」という鉄製工具で竹の内側の節(肉)をさらい、「丸棒ヤスリ」で竹の内部を滑らかにする「節抜き」に移ります。

左上:継ぐ部分を鉄製のヤスリで調節。ミリ単位の繊細な作業です 左下:受ける側のコグチに巻く糸は、木綿糸。上物になると絹糸を用います 右上:「糸巻き機」を使用した糸巻きの様子。右手に見える取手を回転させながら、左手で隙間ができないように糸を巻きます 右下:糸を巻き終えたら「ニカワ(動物かた作られる接着剤)」を塗り、「きめ木」という道具で糸をしめつけます

この丸棒ヤスリも竿栄さんの自作。鉄棒に鏨(たがね)で目(歯)を立てて作ったのだそうです。
「丸棒ヤスリの目は、使う内に擦り減ってしまいメンテナンスしないといつの間にかツルツルになってしまうんですよ。丸棒ヤスリは、川口市の鍛冶師の方が製作されたものをいつも使っていたのですが、引退されたようで…。その後は、なかなか満足のいくものに出会えませんでした。それでというわけでもないのですが、自分で作ってみようと思ったんですよ」。

左:竹の節(肉)をさらう鉄製の道具「ワギリ」。こうした道具を作る職人さんも少なくなっているため、錆びないよう大切に保管されていました 右上:まるで昔話の桃太郎に登場する鬼が持つ金棒のような丸棒ヤスリ。竿栄さんが長年愛用しているのは、川口市の鍛冶師が製作したもの。丸棒ヤスリの中には、サメの肌をにかわで巻き付けたものもあるそうです 右下:丸棒ヤスリの製作風景。竿栄さんは鍛冶師ではありませんが、試行錯誤を繰り返し何でも製作してしまいます

丸棒ヤスリの細かな目は、とても数えられるほどではなく、その大変さは測り知れないものでした。それにもかかわらず、そんな苦労を感じさせないほど、江戸和竿づくりについて楽しそうに話す竿栄さんの顔が印象的で、江戸和竿づくりへの情熱を感じました。

神経を研ぎすまし、丸棒ヤスリで竹の内側を整える竿栄さん。釣竿の重量を調節する役割も担っています

竹の性質を見極める
「目」も重要な道具

 江戸和竿づくりの最終工程は「漆塗り」。漆を塗る際は、人間の毛髪を使用した「漆刷毛」を使います。他の刷毛と異なり、人毛を使うのは粘度の高い漆を塗るために必要な腰の強さと、刷毛目が残らない軟らかさを併せ持つからだそうです。漆を塗り終わったら、漆が硬化しやすい湿度70~85%に保った室(むろ)と呼ばれる大きな木の棚の中で、乾燥させ完成となります。

竿栄さんが長年使い続けてきた「漆刷毛」

ここまで工程と共に多くの「道具」を紹介してきましたが、どんな職人にとっても欠かせない「道具」があることを、竿栄さんの言葉にあらためて気づかされました。それは、職人がモノを見極める「目」です。

「『漆刷毛』も吟味し、購入しています」と竿栄さん ③「漆塗り」の工程で使用する道具はすべて工具箱に収められている

「竹と言っても特長の異なるさまざまな竹があり、一つの枠ではくくれません。それに、同じ種類の竹でも育った環境が違えば、その特長も微妙に違ってくる。良い竹の特長は、節と節の間隔が狭くて、なるべく真っすぐなもの。竹を何千本、何万本という束で購入することもあったのですが、良い竹はその中に2、3本あるかないかという世界ですから、最初の『切り組み』段階での『目』が何より重要な道具ですね」。

江戸和竿づくりの工程を説明する「竿栄」さん。企業秘密以外はすべて快く教えていただきました