ワザNOW vol.9
西川商店 2018/11/30

和箪笥を飾る金物のワザを繋ぐために。
和家具金物の老舗・西川商店の挑戦

和箪笥に和金物。
一昔前の当たり前は今。

 今、自分の部屋に和箪笥があるという人は、どのくらいいるのでしょうか。一昔前、日本人が着物を着ていた時代には、和箪笥は暮らしの中に当たり前のようにありました。祖父母の家で見たことがあるという人は多いかもしれません。あるいは、洋室に暮らしているけど和のインテリアとして採り入れている、という人もいるかもしれません。
 今回の取材では、その和箪笥を彩る和家具金物の製造卸に、大正6年(1917)から携わる西川商店で取り組んでいる、“和家具金物の今”をうかがってきました。

「座(ざ)」という和箪笥専用の金物。箪笥の取手の受けとして取り付けられる。牡丹や鳳凰が彫られた座には、美しい金属彩色が施されている。彫るのも色を刺すのも熟練の職人の手によるもの。
日本橋小伝馬町にある西川商店。ショーケースもあるので、ふらりと立ち寄る個人客も時々いるそうだ。

老舗の四代目に聞く
和箪笥専用の金具

 日本橋小伝馬町にある西川商店を訪ねると、事務所の一角に色とりどりの和家具金物が並ぶショーケースがあります。和家具金物と聞くと、黒い鉄製のものを思い浮かべますが、並んでいるのは彩色されているものもあり、大きさも形も様々なもの。まずは西川商店の四代目、代表取締役の西川亨さんにお話をうかがいました。
 「今、暮らしの中で使われている和箪笥を大きく分けると、桐箪笥と民芸箪笥があります。桐箪笥には可憐で煌びやかな金具を、民芸箪笥には素朴さのある金具が一般的には用いられます。さらに箪笥は地方によって、独自のデザインがあります。例えば宮城県の伝統工芸品「仙台箪笥」や岩手県の伝統工芸品「岩谷堂箪笥」。それぞれ一目で識別できる独自性のある金具がついていますよね。私達はそんな様々な和箪笥の金具を、創業時から国産に拘って製造卸してきました」。

株式会社西川商店 代表取締役 西川 亨(にしかわ・とおる)/東京生まれ。大学卒業後、家業である西川商店を継ぎ、ほどなく四代目となる。百年続いてきた和家具金物の製造卸として、今やるべきことは何かを考え、新たな分野への進出に挑戦する日々。

減少する生産量。
技を繋ぐための挑戦

 和箪笥を和箪笥らしく彩るために不可欠な和金具ですが、和箪笥そのものの生産量が減る中、「将来に対する危機感がある」と西川さんはおっしゃいます。一方で、外国からの観光客が増え、また世の中が急速にグローバル化する中で“日本らしさ”への回帰もあり、和風のものへの関心は高まっています。そんな時流を捉えて、西川商店では店舗のインテリアとして和金具を使う提案を店舗設計・インテリア業界に対して行っているそうです。また、エンドユーザーに対しても、和箪笥の技術、和金具の技術を活かした商品開発を始めています。
 「香川県の取引先である箪笥製造会社と共同で、鍵のかかる小箱をつくったり、東京の職人さんの力を借りた根付や帯留の開発も進めています」。
 東京の職人さんの技を採り入れた根付と帯留を見せていただくと、メダル状の真鍮に千鳥や兎、蝙蝠の意匠が彫られ、さらに彩色が施されています。
 「彫りは東京彫金の職人、清水貴政さんにお願いしています。箪笥の金具にその家の家紋を彫るオーダーを受けることがあるのですが、そういった時に彫っていただいている職人さんです。彩色は金属彩色の名人、中沢常吉さんにお願いしています。中沢さんも金具に彩色をする際にお願いしている職人さんの一人です」。
ご多分に漏れず、こうした職人さんの数は激減しているそうです。西川さんの思いは、こうした商品開発を通して、職人さんの技が何らかの形で伝承されること。そして、商品に触れた人たちが、和家具金物の美しさや技術の高さに気づき、もう一度、和箪笥そのものが注目されること。
 「和家具金物の製造卸に百年以上携わっているわけですが、いまの我々が成すべきことがそこにあるのではないかと、考えています」。

和家具金物をつくってきた職人のワザが詰まった根付と帯留。老舗ならではのこだわり、職人の高度なワザが融合した。

彫金の清水氏が、
真鍮に意匠を彫る

 西川商店が企画プロデュースした新商品、根付と帯留をつくる工程を、少し見せていただくことにしました。まずは彫金の清水さんの工房を訪ねます。閑静な住宅街の中にある清水彫金工房は、住居兼工房です。お父様も彫金に携わっており、貴政さんは二代目になるそうです。万力に固定した松ヤニに丸形の真鍮プレートを埋め、小さな鏨(たがね)を使って、清水さんが千鳥を彫っていきます。清水さんの視線の先にあるのは真鍮。鏨を小さなハンマーで叩くのてすが、そちらには一瞥もくれません。40年以上の職人歴で、道具を自分の手の延長のように使いこなすのでしょう。見事です。鏨を持ち替えると、今度は千鳥の周りに点を打っていきます。みるみる千鳥が浮き出て、彫りに立体感が生まれてきます。仕上がってみると、やはり線に柔らかさがあり、手彫りならではの味が生まれています。
 和家具金物には、引明(ひきあけ)という、鍵穴を隠す機能のある金具があります。清水さんが家紋を彫る際、この引明の表面に鏨で彫金します。今回の根付、帯留は引明の一部を使って制作しているのだそうです。清水さんは宝飾品の彫金の仕事が多いそうです。遊び心で引明に現代的な装飾を施したものを見せてくださったのですが、まるで宝飾品のよう。清水さんの彫金技術の凄さに驚かされました。

何種類もの鏨(たがね)から一本を取りだし、真鍮に千鳥を彫っていく。和家具金物に家紋を彫る時と同じ工程、同じ技法で彫金している。
鏨とハンマーを使い彫金する清水氏。ハンマーを鏨の頭に落とすのは長年の感覚で見なくとも出来る。これぞ職人技。
引明(ひきあけ)という鍵穴をカバーする機能のある和家具金物。その表面を使って根付や帯留が誕生した。左、上の2点は清水氏が遊び心で引明に彫金したもの。
清水彫金工房 清水貴政(しみず・たかまさ)/父、清水洪政氏が営む「清水彫金工房」で彫金の技を磨く。宝飾品の彫金を多く手がけ、様々な技法を使った和洋問わない作品をつくり続けている。
清水氏が製作したブローチ。生命を感じさせるオリジナリティ溢れる宝飾品だ。

手彫りの味を
引き出す彩色

 清水さんが彫金した後、千鳥や兎、蝙蝠は彩色するべく金属彩色の中沢さんの手に渡ります。中沢さんの自宅兼工房を訪ねました。昭和6年(1931)生まれの中沢さんは、87歳。今でも現役の職人で、荒川区が卓越した技能を持つ職人を表彰する制度で「荒川マイスター」の称号を授与された名人です。工房には水槽、磨きの道具などが置かれ、理科の実験室のような雰囲気です。中沢さんは、まず清水さんが彫金したものの汚れを落とし、金メッキをかけます。工房で見せていただいた工程は金メッキをした後、何度も駿河炭で磨くところ。駿河炭は漆芸の磨きの工程でも目にしますが、これも作る職人は少なくなっているようです。中沢さんが丁寧に何度も研いでいくと蝙蝠の周りの金が落ち、蝙蝠の形が金色に縁取られて浮かびあがります。さらに中沢さんは、銀メッキをかけていきます。中沢さんがワイヤーで作った道具に兎のプレートをひっかけ、薬品の入った水槽に沈めていきます。そして電極を二本、水槽に差し込みます。ほどなくワイヤーを引き上げるのですが、このタイミングは名人のみが分かるもの。早すぎても、遅すぎても駄目なのです。中沢さん曰く、銀メッキをすると、「彫り跡に味が生まれる」。職人の妥協のない仕事で、美しい和家具金物、そしてこの根付や帯留が出来上がっているのです。

金メッキを施し後、駿河墨などを使って何度も磨く。そうすると彫った溝にだけ金が残り、手彫りのラインが際立ってくる。
磨き終わると、蝙蝠のラインがしっかりと出て来た。墨を持っていた中沢氏の指は、真っ黒だ。
磨き終わると、蝙蝠のラインがしっかりと出て来た。墨を持っていた中沢氏の指は、真っ黒だ。
中沢常吉(なかざわ・つねきち) /昭和6年(1931)生まれ。金属彩色の仕事に今も現役で携わる。荒川マイスター。