江戸からの染め技法を伝承する、
「東京染小紋」の道具たち
職人のワザと文様の美が凝縮。
人の手の温もり伝える伊勢型紙
様々な伝統的工芸を道具という側面から掘り下げて行く「道具考」。第一回は東京染小紋です。
東京染小紋のルーツは、遠く室町時代にまで遡ります。当初は鎧の革所や家紋などに用いられていましたが、室町の後期には衣服も染められるようになり、江戸時代には、武士の礼装である裃の染めが行われるようになりました。
染小紋で用いられる道具は数多くありますが、なかでも同じ伝統的工芸品である伊勢型紙は、「よい型彫師がいなければ、江戸小紋は滅びる」と人間国宝、小宮康助が語るほど、とても関係性が深いものです。
三重県鈴鹿市の白子を主な生産地とする伊勢型紙は、柿渋を塗り貼り合わせた美濃紙に、職人が専用の彫刻刀で細かい文様を彫り抜いて作られます。東京染小紋をはじめ、型友禅、浴衣などの染色工程で用いられ、その精緻な模様は極小の宇宙と呼ばれるほど。突彫(つきぼり)、錐彫(きりぼり)、道具彫(どうぐぼり)、縞彫(しまぼり)、それに付属する技法として、縞柄などの型を補強する糸入れと呼ばれる五つの彫刻技法があり、それらはすべて機械では出せない緻密さと人の手の温もりを備えています。近年は染色用具に留まらず、襖や欄間、雪見障子、屏風などのインテリアや美術工芸品としても注目を集めています。
染め師の仕事を支える張り板と、
染め上がりを左右する色糊
東京染小紋で用いる、約7メートルの張板(はりいた)は、モミの一枚板です。これを馬と呼ばれるT字型の台に置き、その上に白生地を張って型付け糊や色糊を塗る作業が行われます。この板の表面には、べたべたとした「もち粉」が塗られており、生地をはる前に霧吹きをハケでならしたり、塗れぞうきんで拭くことで、しわが寄ったり曲がったりしないように生地をまっすぐに張りつけます。生地をしっかりと固定しないと、染めの段階で柄が曲がってしまうので、染小紋はこの作業が大切。そして、前述の型紙を保護するため生地の端にテープを張り、次の工程へ。なお染め師はこの板を一人7~8枚持っているそうです。
色糊は、染め上がりを左右する大切なもの。糯米(もちごめ)の粉約3割と、米ぬか約7割の割合で作られます。塩を加えた熱湯を注ぎながら形を整え、蒸籠(せいろう)で蒸した後、練って適度な固さに仕上げます。これが地色を染める糊になります。思い通りの色が上がるよう、一つの色を作るのにも何種類もの染料を混ぜ、幾度も試験染めをしながら慎重につくられます。温度や湿度によって色の出方は微妙に変わってしまうので、染め師はそれぞれ独自でノートにデータを取り保管しています。
手に馴染み、職人と一心同体に。
ヒノキ材のヘラを用いて染め上げる
左にずらりと並んだのは、小紋用の道具の一部です。左の大きなヘラは、立描(たてがき)ヘラ。シゴキヘラとも呼ばれ、色糊を全体に平均に塗り付けるときに使うヘラです。その隣にあるヒノキでできた大駒(おおこま)ヘラです。染め師は何種類もあるヘラの中で主にこのヘラを使って糊を塗ります。一番右のものは使い込まれてすり減ってしまっています。小宮康助を父に持つ染色家・小宮康孝は、小学六年生の夏休みからこのヘラを握り、その持ち方ひとつで父に厳しく鍛えられたといいます。
上に移り、左は細かい文様など糊を均等に置くときに使われる出刃ヘラ。ヘラは文様によって使い分けられますが、手に馴染んだひとつのヘラを使い続ける染め師もいます。そしてそのお隣は、ボカシ用のハケ大小。繊細な鹿の毛で編まれており、小花模様などを色ボカシするときに使われます。
そして、生地を伸ばすとき使われる地張木(じばりぎ)とよばれる木材。空気が入らないよう生地の表面をこすり、布を平らにしっかりと張りつけます。
職人の手仕事を支える道具。使い込まれ、職人と一心同体となった道具には伝統工芸の奥深さと、職人の誇りが刻まれているようです。「道具考」では、これからもそんな道具にスポットあててご紹介していく予定です。乞うご期待!
東京染小紋(江戸小紋)_染師