求道者たち vol.22
加賀水引 2014/3/3

加賀水引のワザの底に流れる、
日本人のおもてなしの心を継承する。

独自の世界観を持つ、
希少伝統工芸「加賀水引」。

津田宏(つだひろし) /平成元年にサラリーマン生活にピリオドを打ち、加賀水引の世界へ。

 加賀百万石の城下町、金沢。前田家歴代の藩主が文化を奨励してきた街では、特有の加賀文化が育ち人々の暮らしに根付いています。加賀友禅、加賀象眼、加賀蒔絵、加賀毛針、加賀繍など伝統工芸に「加賀」と名のつくものが多いのも、その独特の美意識の存在を示していると言えます。「加賀水引」も独自の世界観を持つ希少伝統工芸。「このワザを継承するのは、今回取材した「津田水引折型(つだみずひきおりかた)」だけとなります。四代目となる津田宏・さゆみご夫妻に、「加賀水引」への思い、そしてこれからのことをうかがってきました。

水引文化の発祥と、
津田左右吉の変革。

 まず水引と聞くと多くの人は、ご進物にかけられた紅白の紐や、祝儀袋に結ばれた金銀の紐を思い浮かべるのではないでしょうか。水引の発祥は、平安時代。中国との貿易で品物を入れる箱にかけられた紅白の紐を、日本側が贈答品にかけるものと解釈したのが、その始まりだと言われています。また折型は、紙を折って物を包む日本古来の作法。結婚式の時の祝儀袋も、折型と水引でお祝いのお金を包んでいるということになります。気持ちを込めて、折型と水引の作法で贈り物を包むという習慣は、平安、室町と後世に受け継がれてきましたが、この「加賀水引」は、ふっくらとした包み方に他の水引文化とは違う趣があります。特徴的なのは立体的な包み方と、同じく立体的で芸術とも言える水引飾り。初代・津田左右吉が大正時代に考案したことが、その始まりです。

ネットで知って魅了され、
結納品を注文する若者たち。

 津田水引折型・野町本店は、店舗と工房を兼ねた店構え。津田宏・さゆみご夫妻、そして数名のスタッフが、時折手を止めて訪れるお客さまの応対をしています。店舗には祝儀袋や髪飾りなどの商品が並んでいます。どんな品物が主に出るのかご主人にうかがったところ、「ほとんどが、結納品です」との答え。結納の風習は年々廃れているのかと思いきや、津田水引折型への結納品の注文は年を追う毎に増えているのだとか。「有り難い話です。昔ならお母さんが結納を注文しにきていましたが、今は若い子が直接注文にやってきます。今でも印象に残っているのは、ある若い男性が『僕はケジメをつけたいんです』と言ったこと。結納は家同士が挨拶を交わす大事な場。目録交換、口上など身の引き締まる思いで臨む場でもあります。そういう場でケジメをつけたいと思っている若い人は多くなっているのではないかと思います」。金沢周辺に限らず、注文は全国から。その殆どはインターネットで検索して、他とは違う加賀水引による結納品の美しさに魅了されてとのことです。

結納後も使える飾りを作る。
水引は日本由来にこだわって。

 津田水引折型では、結納品を飾った水引細工をお飾りとして、後々も使うことを提案しています。別の言い方をすると、結納の時だけに使うのではもったいないほど、美しい水引細工だと言えます。繰り返しになりますが、これが細い紐で作られているとは驚きです。たとえば写真の鶴は、90センチの長さの水引を5本合わせたものを二組用意して組み上げていきます。縁起物であるため、途中でハサミを入れることはなく、くちばしの部分を最後に整える程度。コツをうかがうと「一気に作り上げていくのでリズムは大事。水引は一直線の紐なので曲線を出すためにしごいて柔らかくするのですが、これを指先の感覚だけで行います」。実演していただくと、15分足らずで鶴の姿が結ばれました。
今、水引の多くは日本製ではなくなっています。パルプ系のコヨリにビニール系の色糸を巻いて出来た海外製の水引は、長期保存に向かず、また色も人工的。これに対して津田水引折型で使用しているのは、コウゾ、ミツマタを原料にした和紙のコヨリ芯に絹糸や箔を巻いて作った水引。加工したときの美しさ、品格はそこからも醸し出されます。

みなが喜ぶ幸せな仕事。
水引細工師としての醍醐味。

 “喜びの時”を彩る仕事。加賀水引の水引細工師としての醍醐味は、そこにあるようです。「主人が仕事を始めて暫くして最初に言ってくれたのは、『左右吉じいさんは本当にいい仕事を残してくれたな』と。それがすごく嬉しくって。みんなが喜ぶ仕事ってあんまりないじゃないですか。名入れは確かにサービスですが『いつも有り難うございます』と言われると嬉しいです」。また津田水引折型では、他店で購入したプレゼントに和紙をかけ、水引を用途や贈り主などにあわせて創作して結び、名入れをすることも行っています。たとえば、「結婚のお祝いにプレゼントしたい」と持ち込まれた二組のお椀の入った箱に、正式な和紙をかけ、お嫁さんの名前にちなんだ桃の花を水引で作り結び名入れする、といった具合。贈る人、贈られる人のことを思いながら、どう包むかを思案している様子は、確かに幸せを演出する仕事の喜びに満ちているように見えます。

バックグラウンドまで、
知っていての水引細工師。

 しかし、ここまでの道のりは決して平坦ではなかったと、さゆみさんは言います。一番の苦労は、「本当に深いところを学ばなければ勤まらない」こと。贈り物を包むにも、誰が誰に何をどんな行事で贈るのかを知った上で、その場に相応しい正式な形で贈り主の気持ちを包み、結び、書いて表現しなければなりません。つまり、日本伝統の作法、神道や仏教それぞれの考え方や作法、そういったバックグラウンドまで知っていなければできないのです。「長い年月かけないと習得できないものが、ワザ。バックグラウンドまで知っていての水引細工師です。昔からうちでは水引教室をやっていますが、その日のうちに作れるようなものもあります。そういうものはワザでも作品でもないんです」。

新しい時代への対応。
そのカギを握るのは若い世代。

 最後に水引細工師の将来、環境についてうかがいました。「大量生産の時代に、こうした手作りの文化をいいと言ってくださる方はいらっしゃいます。ただ、経済的には厳しく、将来についても微妙な感じです」と。全国を伝統工芸の取材でまわっていると、こういった深刻なお話はよく聞きます。いいものを後世に残していくこと、ワザを伝承することは大事なことだけれども、これで生活を成り立たせるには不安がある、と。しかし、20代、30代の若い世代は市場とのコミュニケーション、新しい販路の開拓など現役世代が思いも寄らぬことを仕掛けています。そのことをお伝えすると「そう、それを若い世代には期待しています」と。津田水引折型では、長男が継ぐことが決まっているそう。水引の文化は、日本人のおもてなしの心そのもの。その心とワザを引継ぎ、新しい時代への新しい提案を仕掛けていく。加賀水引にもまた、そんな展開が待っているようです。


加賀水引