求道者たち vol.12
表具師 2012/1/4

“粋”を明日へ伝える「表具師」

小さなころから、ものづくりが好き

【経歴】表具師・岩崎晃さん。1956年生まれ。大学卒業後、家業を継ぐため、父であり、東京都伝統工芸師でもある岩崎清二さんに弟子入り。その後、家業を継ぎ、親方として多くの弟子にワザを伝える一方で自身の創作活動にも取り組み、現在に至る。

 「昔は、町内に一軒は表具屋があったものですよ」。こう話すのは、江東区木場の幹線道路から一本奥に入った住宅街に佇む表具屋「松清堂」の二代目 岩崎晃さん。
障子の張り替えや屏風の仕立てのほか、掛け軸なども手掛ける表具師の岩崎さんのもとを訪れたのは、12月初旬。通りから仕事風景がうかがえるガラス張りの引き戸を開けると、ストーブのほのかな暖かさを肌に感じました。刷毛や色見本帳などのさまざまな仕事道具が並ぶ工房内。そんな道具のひとつ一つに興味を惹かれながら、挨拶を済ませ、まずは職人を目指した経緯を聞くことに。
 「もちろん、自宅に工房があったこともあり『ものづくりが好き』でした。そういえば、小さな頃は、学校の友達と一緒になって工房の道具でオモチャを作っていましたね。父の仕事は、転勤・通勤・定年がない。そのうえ、好きなことをやって暮らせるなんて素敵だと思いました。そういう軽い気持ちで父の仕事を見ていたんです。ただ、ずっと漠然とですが、何かを作りながら暮らして行きたいと考えていました。『家業を継ごう』。そう意識したのは、大学卒業間近になってからなんですよ」と、時折、笑みを浮かべながら振り返る岩崎さん。
 今では、大卒の職人も珍しくはないですが、当時は職人仲間の間で珍しがられたとも言います。

先が見えず、不安にかられた修業時代

 「修行は、壁や床などを剥がして片付けることから始まりました。これが体力的に大変で。でも、当然ながら仕事を終わらせなければ帰れない。『ホコリが動いている』なんて言われるほど、ホコリまみれで仕事をしていました。耐え忍ぶ日々でしたね。また、時代はバブル。サラリーマンとして働く同級生たちは、桁違いのお金をもらっている。一方で、私の給料は10万円もないわけですよ。だから、辞めたいとも思いました。でも、『ものづくりが好き』という気持ちが、その思いを留まらせたんです」。
 幼い頃に抱いた「ものづくりが好き」という気持ちが、心の支えになっているというエピソード。これは、これまで色々な職人さんにインタビューしてきた中で共通している点でもあったため、「職人」という世界において、いかに気持ちが大事かということを改めて痛感させられました。
 厳しかったという修業時代。そんな中でも精神的・技術的な成長とともに仕事が楽しくなったと岩崎さんは話します。
 「毎日同じような仕事の繰り返し。とにかく先が見えず、焦りや不安が膨らんでいきました。そんな中でも徐々に、破れや傷のある屏風や掛け軸の修理を任されるようになるんですよ。すると、出来る事が増えるから仕事がどんどん楽しくなってくるわけです。依頼内容は同じでも、そのものが置かれていた環境などによって状態が異なるので、一つとして同じ方法を使えない。たとえば、掛け軸は、水に濡らして書を剥がすのですが、水に濡らした瞬間に絵の具や墨が滲む時もあるのです。掛け軸そのものが傷むのであれば、作業自体を断念することもある。その見極めが一番大切。難しい仕事ですが、30代になってからは、それも楽しめるようになりましたね」。

目に見えない部分へのこだわり

 岩崎さんは、弟子入りから10年後、技術の向上のため、現・東京表具経師内装文化協会芝支部長でもある伊藤良雄さんのもとに指導を受けに。そこで、大きな刺激を受けたそうです。
 「伊藤さんは、たとえ人目につかない所だとしても、手間を掛けてつくり込むんです。準備段階ではもちろん、何をつくるにしても実家と伊藤さんの手間の掛け方が違うため、驚きました。私たち職人にとって、目に見える所への手間、見えない部分へのこだわり。その両方が大事であるということを学びましたね」。
 「また、町は小さな社会。大げさかもしれませんが、手抜きをすると生死に関わる。それは、職人がお客様の信頼によって成り立っているということでもあります」。
 現在、独り立ちして奥様とともにお父様から受け継いだ「松清堂」を切り盛りしている岩崎さん。9割以上が顧客からの直接依頼だというから、その丁寧な仕事ぶりが、いかに支持されているかがうかがえます。

日本に伝わる「粋」の素晴らしさを伝えたい

 顧客からの信頼が厚い岩崎さん。職人仲間からの信頼も厚く、表具屋の二代目が修行しにくるとか。
 「修行に来るのは大抵、表具屋の2代目。修業期間は、5年から6年くらいですね。私も修業時代そうでしたが、下積みが長いと飽きてしまう。だから、なるべく雑用をさせず、早い時期から作らせるようにしています。ただ、良いものが出来るわけではないので、材料が無駄になる。そこが経営者として痛いところ。今、親方として活躍する弟子達からは、『あの時、高い素材を駄目にしてすいませんでした』と言われますよ。実のところ、私も若い頃、大きな仕事を任されていたんですけどうまくいかなくてね。みんな通る道なわけですが、失敗をその後の仕事に活かせるかは別の話。でも、弟子達はみんな活かしてくれるので、今ではその失敗も笑い話になってしまうのですがね。6年くらいすると、ある程度の仕事ができるようになるんです。でもね、今だからわかりますが、雑用も大事なんですよ。忍耐が鍛えられるし、道具の扱いも学べる。そして基本的な動作が身に付くのでね」。
 そんな岩崎さんは、表具師としての未来を見据えた作品づくりにも意欲的に取り組みながら、新たな販路を視野に入れていると話します。
「近い将来、国内だけではなく国外にも販路を生み出し、日本に脈々と伝わる『粋』の素晴らしさを伝えていきたいです。伝統は大事だが、私たち職人の使命とは、100年、200年後、さらにはその先まで良いモノを残すこと。そのまま残すことだけを考えていたら、終わりを迎えてしまう。そうならないように積極的に若手の作家さんと組むなど試行錯誤しながら、作品づくりに挑んでいます」。
 伝統を残すため、歩みを止めず、力強く前進する岩崎さん。覚悟を口にするその表情は、作業同様、険しくもモノづくりへの愛が滲み出ていました。どのような過程を経て、未来にどのような形で表具師が残るか。そんなことをポジティブに捉えられる興味深い取材となりました。


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