求道者たち vol.5
東京染小紋 2010/11/24

現代の東京で受け継がれる、
精緻な手染め「東京染小紋」

手染めの小紋染め。
伝統技術を継承する廣瀬染工場

 一見、無地のように見える絹の着物。しかし近くに寄って目をこらすと、極めて小さい模様の連続が浮かび上がり、そこに繊細な美が息づいているのが分かります。東京染小紋(江戸小紋)は、江戸時代の武士の礼装――裃(かみしも)の柄から発展したもので、単色で染めた細かい紋様が特徴。1952年に文化財保護委員会(現在の文化庁)が、当時小紋染めの名人として活躍していた小宮康助の技術を認め、重要無形文化財として選定。ほかの小紋染めと区別するために「江戸小紋」と命名し誕生しました。

 今回訪問した「廣瀬染工場」は、大正7年(1918)年に創立。90年以上にも渡り、伝統文化を受け継いできた歴史ある工場です。お話をお伺いしたのは、廣瀬雄一さん。元ウインドサーフィンオリンピック強化選手という経歴を持つ、廣瀬染工場の四代目です。父親は、歌舞伎役者・尾上松緑、片岡仁左衛門らの着物を染めるなど、多方面で活躍する伝統工芸士・廣瀬雄望(ゆうぼう)さん。廣瀬染工場は、近年、機械染に移行する工場が多い中、今でも昔ながらの手付け(手染)にこだわり続けています。板場と呼ばれる工場にはひんやりとした空気が漂い、染料のにおいが立ちこめていました。白生地が張られた長さ7メートルもあるモミの木の張板の脇に立ち、防染糊を伸ばしながら型付をする雄一さん。天井を見上げると、何十年も使い込まれた風合いの張板が何枚も吊られていました。この場所で、室町時代にまで遡るという東京染小紋のワザが今なお受け継がれているのです。

大正7年に創業した「廣瀬染工場」。板場の天井には何枚もの張板が吊られています

「型付け」では一枚板に絹地を張りつけ、型を当て防染糊を置くことを繰り返します

四代目、廣瀬雄一さんと、後ろから見守るようにこの道五〇年という職人の森谷さん

型彫と型付、染めの一体技術で
つくりあげる多彩な表情

 「よい型彫師がいなければ、東京染小紋は滅びる」と言われるほど、東京染小紋と伊勢型紙の関係性は緊密。江戸小紋をはじめ、型友禅などの染色工程で用いられる伊勢型紙は、柿渋を塗り貼り合わせた美濃紙を用いて作られます。三重県鈴鹿市の白子を主な生産地とし、職人が専用の彫刻刀で――極小の宇宙とも呼ばれる――精緻な文様を彫りぬきます。  廣瀬染工場の「型紙部屋」を見せてもらいました。裸電球がぶら下がる四畳半ほどの部屋に、所狭しと積まれる古い型紙。「ここにあるものだけで、新旧併せ四千種類を超えると思います。ウチの心臓部分と言っても過言じゃないですね。中には人間国宝の方が彫られた型紙もあるんですよ」と雄一さん。東京染小紋の神髄ともいえる文様の美が凝縮された型紙は、代々大切に受け継いでいくそう。

 さて、型付を終えた雄一さんは、染料を溶かした色糊を生地に引く「シゴキ」作業に入りました。「シゴキの前に色合わせをして、不純物を取り除き、糊をよりきめ細かくするために、サラシでこします」。柄のついた白生地に色糊を引き、その後上からオガクズを均一にかけます。これは、生地を折り畳んで蒸し箱に入れたとき、糊と糊が引っ付かないようにするため。九十度の蒸し箱で30分間蒸され、色を定着させた生地は次に水槽で水洗い。天日で乾燥させて完成です。「色の具合は、天候や湿度によって都度変わります。染めの上がりが楽しみなのと同時に心配にもなりますね」。そんな多くの工程を経て、東京染小紋は完成。古くより変わらぬ日々の技術を地道に繰り返しながら、伝統は継承されています。

小紋や友禅などの着物の染色に古くから用いられてきた伊勢型紙。型紙の中に精緻な美が凝縮されています

左上:染料を溶かした色糊を塗る「シゴキ」 右上:色糊を引き終えたら、オガクズをまぶします 左下:蒸し箱で約1時間。染料を定着させます 右下:水洗いし、糊や余分な染料を落とします

廣瀬染工場では新しい分野へも挑戦。インテリア、日常の小物にも染小紋の技術を用い江戸の粋を映し込みます

東京染小紋、女性初の伝統工芸士
岩下江美佳さん

 古い町工場の建ち並ぶ、下町のマンションの一室にそのアトリエはありました。部屋の間仕切りをすべて取り払い、長さ約7メートルの一枚板を横たえて黙々と作業をする女性。2007年に、東京染小紋で女性では初めてという伝統工芸士に認定された岩下江美佳さんです。
 「親戚が呉服店をしているため、幼い頃から着物に親しんでいました」と話す岩下さん。東京染小紋に魅せられ、美術大学のテキスタイル科を卒業後、新宿区の染工房で働いたのち親族の反対を押し切って独立。現在『粋凜香(すいりんか)』という自らのブランドを持ち、岩下桜佳という雅号で多くの作品を発表しています。
「この板場は全部手作りなんです。ホームセンターで照明を揃えて、クレーンを使って窓から40キロの板を運び入れて。本当に大変でした(笑)」。
 着物が大好きな女の子だったという岩下さん。呉服店を継いだ叔父の「着物は身にまとう絵画だ」という言葉に感銘を受け、自分でもそんな素敵なものを作りたいと思うようになったと言います。
 型紙に印された柄と柄を重ねる「合わせ星」を確認しながら、使い込みすり減ったへらを丁寧に動かし生地に文様を写していく岩下さん。腰を落とし、何度も同じことを繰り返す作業で、体を壊したこともあったそうですが、伝統工芸の道を諦めることはありませんでした。
 「東京染小紋はこれまで男の世界でした。だから、女性ならではの目線でおしゃれで、気軽に着られるようなものを提案していきたいですね」。
 時代は変わり、後継者不足を叫ばれる東京染小紋。しかし時を超えてその美しさに魅せられた人たちが、都市のなかで静かに、脈々と技を受け継いでいるのです。

40キロもあるという長い張板を運び、都内のマンションの一室を板場として作業している岩下さん

左:板場を閉め切り、温度と湿度を一定にして型付けを行います 右上:ムラが出ないように、水平にゆっくりとへらを走らせます 右下:型紙についた星を合わせ、慎重に文様をつなぎます

左上:使い込み、すり減ったヒノキのへら。新品と比べてみれば分かります 左下:水につけてよく伸ばした型紙に防染糊を置き型付けを行います 右:端切れをスクラップした「作品集」を見せてもらいました


東京染小紋(江戸小紋)_染師東京染小紋(江戸小紋)_染師