求道者たち vol.6
作庭 2011/3/7

作庭界の巨匠・安諸定男。
その記憶の底にある風景

いい庭をつくるために、
まず、そこに大きな穴を掘る。

安諸定男さん。1940年、東京都町田市生まれ。東京都立園芸高等学校出身。日本庭園の研究者として知られていた丹羽鼎三(にわていぞう)教授へ15歳から師事

 「私が庭をつくるとき、まず穴を掘ります。お施主さんが『なにをしているんだろう?』といぶかるほどの深い、人の背丈ぐらいの穴です」。作庭の巨匠は、そういって人なつこい笑みを浮かべるのです。ずんぐりとした体型がアナグマを彷彿とさせるもので、こちらも可笑しくなっていると「アナ不思議、なんてね」とだじゃれまで飛び出す始末。
 今回お話をお伺いしたのは、庭師の安諸定男さん。作庭を志す人であれば一度はその名前を聞いたことがあるのではないでしょうか。代表作にフランス・パークホテル、韓国ロッテホテル、妙定院(港区)、箱根翠松園(すいしょうえん)など、そうそうたる施設、名刹の庭を手がける造園会のカリスマです。

 「いい庭をつくるにはね、目に見えない部分をしっかりとつくらないと。たとえば穴を掘って土質を知ることで、排水をよくすることができる。それによって植栽に違いが出る。五年後、十年後の庭の景色が違ってくるのです」。
 現在、安諸さんが手がけているのが湯島天満宮の梅園。学問の神様、菅原道真が愛した梅の木が敷地内を彩る、関東を代表する天満宮です。

 「葛飾北斎の富嶽百景をヒントにした」という趣のある土橋が池泉にかかる梅園は、ぐるりと巡っても5分とかからないほど。東京では一番狭い面積の梅園だといいます。しかしながら、リズミカルな石畳の園路を歩けば、行きと帰りで渡りを変えた手水鉢や、空中に浮いたような不思議なバランスで組まれた石橋、池に浮かぶ大仏の掌のような舟石、滝のある渓谷に、鯉の滝登りを思わせる鯉魚石(りぎょせき)など、日本庭園ならではの情緒ある点景物が目を楽しませてくれます。一歩ごとに新たな景色が生まれ、高さに不測のリズムをつけた背景の土塀によって、梅園がどこまでもずっと繋がっているような錯覚をおぼえるほど。これほどの庭づくりの構想は、どこから生まれてくるのでしょうか。

庭づくりは、理屈じゃない。
自然から学んだ景色。

 「私は若い頃、放浪の旅に出ていたんです。人が行かないような辺鄙な山奥へ行くと、唐突に心を打つ風景に出くわすことがある。人に見せたり、自慢したりする目的ではなく、その土地が崩れないようにコツコツと積み上げられた石垣や、生活の中で役割をもった「用」の美が無名の名人によって為されている。そんな光景をたくさん目にしてきました。ある時、歩き疲れて石垣にもたれて眠っていたら、顔に滴る水の冷たさで目が覚めた。雨水が石垣の間から滲みだして落ちていたんです。その時に感じた、石積みの生命力。懐の広い自然の豊かさ。旅先でみたそんな記憶が私の庭づくりの原点になっています」。

 湯島天満宮の庭のテーマは、「道真公の理想郷」と安諸親方。その答えが滝に集約されていると言います。「滝の落ちるところに大きな鯉魚石があり、その上には龍頭石(りゅうとうせき)を据えています。鯉が滝を登って龍になったという、中国の伝説『登竜門』をヒントにしています。都心に奥山の雰囲気を出すため、周囲を棚田状に積み、里山の龍という風景に導きました」。

 安諸さんは、施工にあたり、お施主さんへの説明用に大まかな図面や模型などはつくるものの、詳細な図面などは一切引かないと言います。頭に描いた絵を基に、その土地にある材料を用い、現場でのインスピレーションで庭づくりを進めるのです。「一本木を植えたら、次にそこに何が据わるか。この木に対して、どういう石を据えるのか。すべて現場で模索し、判断しています。庭づくりというのは理屈じゃないところがあるんです。ほら、見て下さい、工事中に偶然みつけたこの鯉魚石。目のように見える窪みがあるでしょう? 神様がつくった岩の形がね、こっちが望んでいないのに出てきちゃった。これは、天神様のお導きですかね(笑)」。

庭づくりは、人づくり。
苦労はいつか財産に。

 「次の時代を生きる若者へ、庭づくりの技術と精神を継承させたい」。いつもは軽妙なユーモアを交えて話し、場を和ませる安諸親方もこの時ばかりは少し神妙になって語ります。仕事は苦労してこそ覚えるもの。自身も駆け出しの頃、大きな仕事を任せられ、身の磨り減る思いをしながら庭づくりを学んだ経験が後に大きな糧となったことから、たとえ実経験が少なくても積極的に若い職人を現場へ送り出すそうです。今回、安諸庭園で働く二人の職人さんにお話を聞くことができました。

 「園芸の短大を卒業して、都内の植木屋で働いていました。ある時、写真展で親方のつくった庭を見て、とても感銘を受けました。ほかの人のつくる庭とはまるで雰囲気が違い、引き込まれる感じがありました」と話すのは、田部井明希(たべいあき)さん。その後、親方を知る石屋さんと知り合いになったことをきっかけに、安諸庭園の門を叩いたと言います。
 また、北九州の大学で造園を学び、四年生の夏に研修としてはじめて安諸庭園に入門した辺土正樹(へんどまさき)さんはこう語ります。「一年目で、右も左も分からないのに、三千坪もある現場を任されました。ほかの職人にも指示しなくてはならず、冷や汗の連続。とにかく忙しくて、がむしゃらで、とても大変でしたが、今となってみれば親方や先輩といっしょに学べたその期間は、自分にとって宝になっています」。

 未来へと、コツコツと石を積み上げるように、惜しみなく自らの知識を弟子に伝え、一人前の庭師として育てるあげること。安諸親方の庭づくりは、作庭界を担うこれからの人づくりでもあるのです。