ワザNOW vol.4
おかいこステーション 2011/7/21

きものスタイリスト石田節子さんが
プロデュースするモノづくりの拠点

日本の民族衣装「きもの」は
日本の糸でつくりたい

きものスタイリストの石田節子さん。OLを経て「時代布 池田」に入社。1991年に独立してフリーランスに。1996年に「衣裳らくや」を開設。以来きものをより身近なモノとするための様々な取り組みに挑戦されています。

 前回の編集記事「群馬シルク紀行」で、群馬の絹産業について特集しました。その中で日本の養蚕農家がとても厳しい状況にあることをお伝えしました(中でも頑張っている方はいらっしやいますが)。今回は「きもの」に携わる立場から、そんな状況に一石を投ずるような取り組みをしている方をご紹介します。
 きものスタイリスト、石田節子さん。数多くのテレビ番組や映画、CMなどの衣裳を手がけ、自らも新しいきもののプロデュースや、アンティークをリメイクしたオリジナルの帯の制作もされています。きものに関する著書も多く、きもの文化の普及に大きな役割を果たしている方のひとりと言ってもいいでしょう。

 そんな石田さんに、石田さんが設立した「衣裳らくや」さんでお話しを聞きました。ここはきものの販売からレンタル、スタイリング、着付け教室まで、石田さんの様々な取り組みの拠点ともなっているところです。
 「きものの材料になる生糸は、今、ほとんど外国からの輸入なんですよ。自分の国の民族衣装が外国製って、おかしくないですか」。インタビュー冒頭の石田さんの言葉です。お聞きした瞬間、そうだな、と納得してしまいました。

 もともと普通のOLだったという石田さん。きものが好きで、通っていたお店にいつの間にか勤めていたそうです。
 「一日に100枚くらい、きものをたたんでいました。日本のアンティークの名品にも数多く触れていましたから、指先がいいきものの感触を覚えているんですね。やっぱり国産の繭から織られた絹のしなやかさは輸入物にはないものです。せっかく、日本はデリケートなことができるのに、このまま行くと養蚕農家はなくなってしまうとも言われています。ぜひ、いいものは残したい、それなら自分でやってみようと、5年くらい前から考えていました」

 そう語る石田さんが、今年4月に群馬県にオープンさせたのが「おかいこステーション」です。

おかいこステーションを
モノづくりの拠点に

 群馬県高崎市倉渕町。市街地から少し離れ、緑に彩られた起伏と、その間を流れる渓流が織りなす美しい風景の中を行くと、「おかいこステーション」はあります。他に、実際に蚕を飼育して繭を作る「おかいこの部屋」、地元の食材でつくったメニューが楽しめる「桑茶カフェ」、そして「桑園」も併設されています。

 「おかいこは農薬のある場所では育ちません。水も空気もキレイでなければいけないので、まず必要なのは美しい自然環境。絹を作る、ということは自然環境を守るということでもあるんです。群馬県を選んだのは、そうした自然環境があるのと同時に、やはり江戸時代からの養蚕地帯で、厳しいとはいえ、養蚕に関する文化が残り、様々な取り組みもされていたから。また、20年来の友人の陶芸工房が、たまたまこの倉渕の地にあったことも大きかったですね」
 おかいこステーションでは、繭から糸を繰り取る昔ながらの「座繰り」、足踏み式の「機織り」、また天然素材による「草木染め」をすることができます。つまり、蚕を育て、繭を作り、糸を取って、染めたり織ったりできるという、トータルに「絹」の製作ができてしまう施設なのです。

 「ここを、いろいろな方に実際の体験をしてもらえる、ワークショップにしたいと考えています。近くには倉渕温泉もありますし、友人の陶芸教室もあります。また、完全無農薬の食材を提供してくれる農家の方もいらっしゃいます。ここに人が集まって、楽しみながらモノづくりができる。そんな施設にしたいと思っています。桑茶カフェを作ったのは、そんな思いもあるからです」と語る石田さん。ワークショップとしての本格稼働は2012年の夏頃になる予定とのこと。それまでにも、出張で子どもたちに座繰り体験をしてもらう活動などを考えているそうです。

確かな職人のワザを
より広く、より身近に

 5年前、おかいこステーションの構想が芽生えた時、石田さんはまず、群馬県蚕糸技術センターの養蚕コースに参加しました。掃き立て(孵化した蚕を種紙と呼ばれるから蚕座に移す作業)から桑を与え、繭を作らせるところまで学んだそうです。きものスタイリストとして活躍しながら、ゼロから養蚕に挑戦した石田さんの行動力には驚かされます。

 「一緒にやっている若い人たちにも、『とにかく挑戦してやってみよう』と言っていますダメならやめればいい。やらないで後悔するよりずっといいと思います」
そんなエネルギーに満ちた石田さんがつくったおかいこステーション。そこには若い職人の方も集まってきていました。そのひとりが、フリーの「座繰り染織家」として活躍されている中野紘子さんです。

 「もともとは群馬県出身。以前は東京の会社で働いていたのですが、10年前、何か群馬で地元ならではの仕事ができないかと帰郷しました。そこで出会ったのが『座繰り』だったんです」という中野さん。最初は前号の特集記事でもご紹介した碓氷製糸さんで修行されたそうです。現在は貴重な座繰り糸を生産し販売している他、自らストールなどの小物も染織し製作しているそうです。石田さんとは群馬県が主催するシンポジウムで初めて出会ったとか。また、近くの陶芸家の方も共通の友人だったこともあり、おかいこステーションのプロジェクトに参加されたそうです。
 「これから、おかいこステーションでできた春繭を座繰りで糸にするところです」と話してくれました。
 今後も、きっと様々な絹に関わる人たちが集まってくると思われるおかいこステーション。石田さんは、さらにモノづくりへの思いを語ります。

 「今後はここを拠点に『ものづくりのらくや』を目指したいと思っているんですよ。だれが育てた蚕で、誰が作った糸で、誰が染めて、誰が織ったか。職人さんの名前がちゃんとわかって、安心して買えるきものをつくりたいんです。そうすることによって、職人さんの仕事をつくることができますし、過程を明確にすることで、確かな品質のものを、より手に入れやすい価格にすることが可能になると思っています。また、おかいこステーションを通して、国産の絹の魅力を知っていただき、楽しみながら体験学習することで大切な日本の絹文化と伝統技術の存続を考えるきっかけになれば、と思います。そして近い将来、国産の絹で作った美しい着物を、1人でも多くの方に大切に着てもらたいなと願っています」
 日本独自のきもの文化を復活させるために、石田節子さんの活動からは目が離せません。