求道者たち vol.3
江戸切子 2010/6/1

素材の魅力を存分に引き出し、
輝かせる切子職人のワザ。

職人のDNAが生み出す
繊細な模様の美しさ。

 6月の梅雨が終わればもう夏。暑い夏にさわやかさをもたらしてくれるのが、ガラス細工です。今回はガラスの中でも江戸切子の職人さんたちを特集しました。最初におうかがいしたのは江戸切子の組合である東京カットグラス工業協同組合の理事長をつとめる小林淑郎さんです。
 小林さんは祖父の代からの切子職人三代目。「跡を継ごう、と思ったのが高校2年生くらいの時。小さいころから家にいた職人さんたちと遊んでいたので、自然とそういう気持ちになりましたね。小林さんの家は『一品もの』制作が多く、評価も高くてウデのいい職人さんが数多くいました。この仕事についてからは、父というより、そうしたベテランの職人さんの背中を見て勉強しました。手元を見たり、作品を見たりして『盗む』感じですね。最初の10年間は本当に一所懸命でしたね」。当時、切子職人として一人前になるには、仕事場の掃除から始まって、使う砂や道具の管理、磨きの仕事を経て、粗摺りまでに7~8年かかる、といわれていたそうです。「今は、ダイヤモンドホイールなどの登場もあり、道具が進化したことで、技術の習得はより早くできるようになりました。でも、ものづくりにこだわる“職人魂”のようなものは、失ってはいけないと思います。一方で、それにより切子の可能性も広がっていますから、これからの職人はもっと柔軟な発想で、いろいろなことを考えていく必要があると思います」と語る小林さん。
 学校などでも特別講師として教えることもあり、若い世代には大いに期待しているとかたります。ところで、実は既に“4代目”が修行中。長男の昂平さんです。今年大学を卒業後、切子の道に。「この道に進もう、と思ったきっかけは数え切れないほどありますが、中でも江戸切子には夢がある、夢中になれるものがあると感じたことが大きかったですね。僕も小さい頃から仕事場で遊んでいて、切子は身近だったんですが、実は今、仕事として取り組んでみて『大変なことになったな』と思っています。早く父に追いつきたい、と思っていますが、随分先になりそうです」。職人のDNAがしっかりと、ここで受け継がれているようです。

 

一度は違う道に。でも、
やっぱりガラスが好きだった。

 「子供のころ、親戚の伯母さんにお小遣いをもらって『好きなものを買ってきていいよ』と言われたことがありました。で、その時に買ったのが小さなガラスのコップ。みんなはお菓子かおもちゃを買ってくると思っていたらしく、意外そうな顔をしていました。そのコップは今でも持っています」と語るのは高野硝子工芸の高野秀徳さん。中学生の頃は美術や技術が好きで、家が電気設備関連の仕事をしていたこともあり、高等専門学校に進学。そこで電気関係の技術を学び、卒業後は半導体関連の会社に就職しました。
 「実は就職したものの、すぐに退職。家業の手伝いをしながら、ずっと『一生の仕事は何か』ということを考えていました」という高野さんは知り合いに、前のページで登場していただいた小林淑郎さんのお父様である小林英夫さんを紹介してもらい、小林さんを通じて瀧沢硝子工芸に“入門”。「ガラスについては好きでしたが全く知識も経験もありませんでした。でも修行は苦になりませんでしたね。わからない所やうまくいかないところは親方やほかの人のやり方、作品を見て参考にしました」という高野さん。次第に、依頼された仕事だけでなく、いろいろなことに挑戦したくなり、仕事の時間外に自分の作品制作にも取り組むようにもなったそう。「もともと切子は形ができあがった器に模様を刻んでいくワザですが、自分の作りたいものを追求していくと、その形を作るところから勉強したくなりました。ですから、知り合いの吹き硝子の職人さんのところへ行ったり、平面を研磨する『平物』の職人さんのところへ行ったり。同じ切子をやっている、他の職人さんのところへ行くこともありました。私の師匠は懐が広い人で、自由に行き来させてくれたことにはとても感謝しています」という高野さん。
 瀧沢硝子工芸に入社して6年目には、晴れて独立。現在は『枠借り』という切子の職人さんならではの方式で、瀧沢硝子工芸の一画を借り、自分の名前で仕事をしています。「同じ頃にはじめて、途中でやめてしまった人も何人か見ました。やはり、これを一生の仕事にすると決めたら、かじりついてでもやるんだ、という姿勢が大切。親方をはじめお世話になった人に恩返しができるようになるのが一人前になることだと思います」。独立に際しては親方から、『退職金がわりに』ということで機材を譲り受けたという高野さん。「かつて学んだ電気の知識を活かしてチューンナップして使っています」と笑って語ってくれました。

 

モノづくりに挑戦する若い感性を
職人の経験とワザが育てる

 「人はどうみているか知りませんが、まだ、自分を一人前とは思っていません」。そう語るのは清水硝子の工場長・三田隆三さん。とは言うものの、三田さんは職人歴60年。「15歳の時に先輩に誘われてこの道に入りました。当初は親方や先輩に厳しく指導されて、泣いたこともありました。切子は水を使いますので、空調の無かった当時の冬はとても辛かったですね。切子は一個一個すべてが手づくりですから、同じものを作っても、季節や、日々の天候、午前に作ったか午後に作ったか、時には体調などで仕上がりが異なってしまう場合があります。それが味でもあるのですが、職人としては全く同じものが仕上がらなくてはだめではないか、とも思います」と自らにも厳しい目を向けます。
 そんな三田さんのもと、清水硝子では若い『職人の卵』が育っています。今回はその中で、“職人歴”2年目の小川さん(仮名)と1年目の中山さん(仮名)にお話をうかがいました。小川さんも中山さんも葛飾区の『伝統工芸職人弟子入り支援事業』※を利用し、清水硝子に入ってきました。小川さんは学校でプロダクトデザインを勉強。ここに来る前はインテリア用のカーテンなどの企画デザインをする仕事をしていたそうです。「企業の一部署で働いていると、その年や季節の流行に合わせ、とても早いサイクルで製品が流れていきます。もっとじっくり、そして長く使ってもらえるモノづくりがしたくて、この道に飛び込んできました」。一方、中山さんはサービス関連の仕事からの挑戦。「夏休みの工作とか、とても好きだったんです。いつかはモノづくりの仕事がしたいと思っていました。以前勤めていた会社は大きな会社で、居心地も悪くなかったのですが、今はやっぱり、こっちの方が性に合っているな、と思っています」。ふたりとも、ガラスについての知識や経験は全くなかったそうですが、ガラスという素材には興味を持っていたそう。いまは職人への道を一歩一歩歩み始めています。
 工場長の三田さんは、そんなふたりを温かい目で見守っています。「若い人の持つ感性やデザインのセンスは、大切にしていきたいと思います。もちろん、伝統の技術や道具の選択、使い方などは時間をかけて習得していかなければなりませんが、より新しいモノづくりを目指して欲しい。私も負けないようさらにいいモノづくりに挑戦していきたいと思います」。 ※葛飾区の制度は年度により実施されない場合があります。HPでご確認下さい。


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