求道者たち vol.32
江戸木目込人形 2016/3/1

江戸時代より続く日本独自の人形。
いま“新しい招き猫”となって海を渡る。

雛人形などの節句人形で
目にしている伝統的人形。

 三月三日、桃の節句と聞いて真っ先に頭に浮かぶのは、雛人形ではないでしょうか。誕生した女の子が、健やかに成長することを願って飾られるお雛様。その華やかな佇まいから、季節感を表すものとして、ショップのディスプレイなどに飾られることもよくあります。家で雛人形を飾らないという人も、街にお雛様があふれだす頃、よくよく人形を観察してみてください。衣裳を着ているボディの部分に、大きく二つの種類があることに気づくはずです。
 衣裳着人形と木目込人形。その違いは追って説明するとして、今回の取材では、国の伝統的工芸品にも指定されている「江戸木目込人形」を三代にわたり作り続ける『柿沼人形』で、“江戸木目込人形の今”をうかがってきました。

木目込人形の魅力と、
柿沼人形のこだわり。

 埼玉県越谷市にある柿沼人形の建物は、1階が店舗、2階が工房になっています。取材で訪れた1月は、桃の節句の前。店舗には、大小さまざまな雛人形が飾られていました。現会長の次男、柿沼利光さんに「江戸木目込人形」の魅力、そして柿沼人形の特長をうかがいました。
 「江戸木目込人形は、“桐塑(とうそ)”という型から抜き出した胴体に筋彫をし、そこに衣裳地を木目込んで作ります。華やかさは衣裳着人形の方がありシェアも大きいですが、衣裳着人形に比べると自由度が高い木目込人形は、独自性を求める風潮も手伝ってシェアを増やしてきているように感じます」。
木目込人形は、基本となるボディの原型を粘土で作るところから始めます。ポーズ、ボディバランスも自由に作れるので、作家の感性が活きた独創的な人形ができるのだそうです。これに対して衣裳着人形は、仕立てた衣裳を胴体に着せつけて作るので豪華で見栄えがする仕上がりになります。
 数ある木目込人形の工房のなかでも、柿沼人形の特長と言えるものは何かをうかがってみました。
 「柿沼人形の雛人形は、一見すると渋い印象。というのも、表装や神社仏閣で使うような生地を使ったりするので、茶人好みとか玄人好みといった印象だと思います」。
実際に雛人形をいくつか見せていただくと、名物裂(めいぶつぎれ)を木目込んだものなど、一つ一つから独特の品格が醸し出されています。また、西陣織や相良刺繍(さがらししゅう)、蘇州刺繍(そしゅうししゅう)、イタリア産のテキスタイルを木目込んだものも。
 「木目込人形の面白いところは、同じボディでも木目込む生地でまったく違う表情になること。また人形は他の伝統工芸とコラボレーションしやすい、というのもあります」。
 例えば柿沼人形では、人形の衣裳になる生地のほか、お道具や人形の台などは会津塗、駿河竹千筋細工などとのコラボレーションをしているそうです。

分業で成り立つ人形業界。
人形専門の関連産業も多い。

 2階の工房を見学させていただくと、桃の節句前ということで出荷のピークを迎えて職人さんたちが忙しく手を動かしています。伝統工芸の工房をさまざま取材してきましたが、六畳一間くらいの工房が大多数。それと比較すると、柿沼人形の工房は規模が大きいように感じます。
 「店舗も構えて直販もしているので、そうかもしれないです。そもそも人形業界は分業で成り立っているので、ここで行っていない工程もあります。例えば筋彫、頭(かしら)の面相描きなどは外注しています」。
一体の人形ができあがるまでをさらうと、“今年どんな人形をつくるか”といった企画・構想、それに基づく粘土原型づくりを社内で行なう。桐塑を抜く型づくり、型抜きは外の職人に依頼。抜き出された型は社内で整えて、その上に胡粉(ごふん)をかける。胡粉をかけたものに筋彫を入れるのは、外の専門の職人。最後に社内で、筋彫を入れたものに生地を木目込み、頭をつけ、お道具を整え仕上げていく。このようにしてたくさんの職人の手を経て、人形は命を得ているのです。また、生地は人形の小さな身体に合わせて織物屋さんが専用に織ったもの、お道具も国指定の伝統的工芸品である駿河雛具で生産しているものなどを仕入れてきます。人形づくりにはさまざまな関連業界もあり、産業全体のの規模としても大きなもののようです。

木目込人形を発信し、
節句文化を発信していきたい。

 しかし、他の伝統的工芸品と同様に、人形業界にも時代の変化の波が押し寄せています。住宅事情、節句文化の薄れ、少子化などによる市場の縮小。従事する職人の高齢化、昔ながらの販売経路の弱体化。問題は山積しています。
 「実は、大学を卒業して最初は公務員でした。10年ほど前に現社長を務める兄とともに家業を手伝い始めたのですが、人形づくりは日本の文化、歴史、工芸などさまざまな知識を必要とする奥深い仕事。そして節句人形は家族が子ども、孫の健やかな成長を願って贈るという尊いものです。もっと多くの人に節句という文化を見直して欲しいし、木目込人形の魅力も伝えていきたいと思っています」。
 そんな熱い想いからさまざまなチャンスを捉え、節句人形、木目込人形の魅力を発信してきた柿沼人形。そのチャレンジが今、大きく花開こうとしています。
 「木目込む生地で、まったく違う印象の作品になるという特性を活かして、色とりどりの招き猫を制作し、“東京手仕事”という東京都のプロジェクトに参加したのですが、おかげさまで好評をいただき、生産が追いつかないくらいです。ドイツのフランクフルトで行われた海外バイヤー向けの展示会『アンビエンテ』でも、注目の商品としてトレンドデザインに選んでいただけました」。
 福を呼び込む招き猫が、柿沼人形に大きなラッキーをもたらしたようです。もちろん、手作りを基本とする伝統的工芸品が世界市場に出て行くには、生産体制を抜本的に見直さなくてはいけないなど、簡単ではありません。とはいえ、いわゆる“嬉しい悲鳴”。これが契機となり、業界が大きく変わっていく、かつての勢いを取り戻していくことも充分考えられます。
 最後に今後の展望をうかがいました。
 「これまでは木目込人形の魅力を一生懸命に発信してきました。次は、節句という文化を海外の方にも発信していきたいです。海外でも子どもの健やかな成長を願って銀のスプーンを贈ったりといった風習があります。そんな世界共通の願いが節句、節句人形には込められているのだということを理解してもらう機会を増やしていきたいですね」。

工程の一つも疎かにせず、
最終的に仕上げていく。

 最後に、見学させていただいた、柿沼人形で行う工程の一部をご紹介致しましょう。